91.手がかり
瘴気に効くとされる薬が突如見つかった。
それは随分と古い手記に記されていたものだった。
真夜中もいい頃にアオイとノルンは二人テーブルを挟んで椅子に腰かけて突然の発見に戸惑っていた。
ノルンは何かの間違いではないかともう一度開かれたページを読み直す。
そこには確かに“瘴気に蝕まれた身体を回復させる薬”と書いてあった。
こくりと唾を飲み込む。
材料、調薬の手法について目を通していく。
その手法は少々複雑ではあるが、慎重に行えばノルンでも作れそうなものだった。
ただ1つ懸念点があるとすれば___。
「…星蒼花___」
ノルンがぽつりと零したのは材料の欄に記載されている植物の名前だった。
「……えっと…せいそう…ばな?」
アオイには聞きなれないものだったらしく、アオイはノルンの言葉を不思議そうに繰り返した。
ノルンは本から顔を上げる。
「…はい。この薬に必要な材料と記されています」
「そうなんだ。それで…えっとその花はノルンちゃんは持っているものなの?」
アオイの言葉にノルンは目を伏せると緩く左右に首を振った。
「…えっと…それってよく採取できる植物なの…?」
アオイは戸惑いつつノルンに問う。
するとノルンは少し困ったように眉を下げて口を閉じてしまった。
(…星蒼花…確か別名星屑花…)
どこかで耳にしたことはある気がする。
しかし今まで幾度となくフローリアの薬草採取に出かけていたこともあるノルンだったが、そのような花は見たとがなかった。
ふと思い立って辺りの本を見渡す。
そして、手に取っては違う、これも違う、と違う本を手に取る。
そして、目当ての本を手に取るとノルンはぱらぱらとページをめくり始めた。
美しい植物模様の装飾がなされた分厚い本だ。
「ノルンちゃん、この本は?」
「植物図鑑といった所でしょうか。大陸中のありとあらゆる植物が記載されています」
へぇ、とアオイは関心したようにノルンの手元をのぞき込む。
そこには様々な植物のスケッチと共に簡単な説明文が1、2行それぞれの植物に書かれていた。
美しい花に棘だらけの植物。
大きく口を開いた食虫植物。
様々な見たことの無い植物にアオイは興味を惹かれ、たまにおぞましい姿の植物にう、と声を漏らしていた。
ぱらぱら。
ぱらぱら。
紙を捲る音だけが響く。
もしかして記載されていないのだろうか。
もうかなり後ろのページまできてしまった。
もう後ろには数ページしか残っていない。
ぱらぱら。
そこで最後の1ページでノルンは手を止めた。
「あ」
アオイが目を丸くして覗き込む。
(…あった。星蒼花__)
ノルンも同じだった。
そこには美しい五枚の花弁をもった淡く青に色付けされた美しい花が描かれていた。
「わぁ。綺麗な花だね」
「……」
アオイの言葉にノルンも頷く。
そして、説明文を指でなぞる。
(…非常に貴重とされる幻の花。繁茂はせず、魔力の高い場所に稀に生息するとされる)
説明文を読んだノルンの顔が少し険しくなる。
幻、という言葉にアオイも微妙な顔をした。
「…幻の花かぁ」
「…そうみたいです」
やっと手がかりを見つけられたと思えば曖昧な表記に肩を落としそうになる。
しかしノルンは溜息をつきそうになるのを堪えて、緩く首を振った。
(…どんな形であれ、やっと見つけることが出来た手がかり…。諦めるにはまだ早い…)
そしてそれはアオイも同じようだった。
「少し難題だけど、やっと瘴気に効く薬がわかってよかったね。一歩前進だ」
アオイはいつもの様に朗らかに笑う。
その笑顔にノルンもつられるようにして空気を和らげる。
その後、今日のところはゆっくり休んで、翌日アトラスやバルトにまた星青花について聞いてみようということになり、ノルンとアオイもまた少し遅い就寝を迎えたのだった。
朝になると早速ノルンとアオイは昨夜見つけた本を机の上に置いて、アトラス、そしてバルトに説明をした。
「マジか!瘴気に効く薬が見つかったのか!」
アトラスは大きな猫目を見開いて、バルトもまた信じられないというように古びた手記に目を通していた。
「…そこで星蒼花という材料だけが足りないのですが、アルやバルト様はご存知ですか?」
食卓にはアトラス、バルト、ノルン、アオイが腰をかけている。
先程までリナも一緒に食事をとっていたが今はポーラとブランと遊んでいる。
「星蒼花か〜。悪いが俺は見たことも聞いたこともねぇなぁ」
アトラスが首を振る。
それはバルトもまた同様だった。
「俺も長年生きてきたがこんな植物は見たことがねぇ」
「そうですか…」
何となく分かってはいたものの、2人の答えにノルンはまつ毛を伏せる。
どうしたらいいだろう。
ここで白紙に戻して諦めたくは無い。
そもそももうこれ以上ノルンの持つ持ち物に瘴気に関する手がかりは無さそうだ。
どこか大きな図書館にでも行けばまだ手がかりはあるかもしれないが。
そこで、ふとノルンは植物図鑑の説明文を思い出した。
(…魔力濃度の高いところ___)
そして唸るバルトを見つめて口を開いたのだった。
「バルト様。ここら辺で魔力が充満している場所を見聞きしたことはありませんか」
と。
 




