90.真夜中の朗報
バルトに薬を飲ませ、バルトが再び眠ったことを確認したあとノルンはまた一人蝋燭に明かりをともして机の上に重ねられた本に向かい合った。
しかし一通り読んでしまった本を注意深く読み返したところで瘴気という文字すら見つけることは出来ない。
「…はぁ」
まつ毛を伏せたノルンから思わず小さなため息が零れる。
そんなノルン元にことり、という小さな音が届く。ノルンの手元の横には湯気を立てたマグカップが置かれた。
気づいたノルンが視線をそちらに向ければアオイが少し眉を下げて心配そうにノルンを見ていた。
「お疲れ様。ノルンちゃん。これよかったら。今日はノルンちゃんが調合したリラックス効果のあるハーブティーにしてみたんだ」
湯気が漂うカップから爽やかなそれでいてほのかに甘い香りがノルンの鼻をくすぐる。
ノルンが調合して乾燥させた茶葉をアオイはここ最近よく使ってくれている。
アオイはノルンを気遣うように見やると微笑む。
「ノルンちゃん、気持ちはわかるけど頑張りすぎるのも身体に良くないよ。ちゃんとノルンちゃんも身体と頭を休めなくちゃ」
微笑んだアオイはそう呟くと、自分もマグカップを手にしてノルンの向かい側に静かに腰を下ろした。
そんなアオイを見て、ノルンは何も言わず瞬きをしたあと、いつの間にか力が入っていた肩をすとんと落とした。
「…はい。ありがとうございます。アオイさん。いただきます」
「うん」
まだ熱いカップにふー、ふー、と少し息をふきかけて軽く冷ましてから一口口に含んでこくりと飲み込む。
温かいハーブティーが胃に優しく収まっていく。
思わずほっとして小さく息をついた。
その様子にアオイはどこか安心したようにノルンを見つめながらもう1つのハーブティーが注がれたカップに口をつけた。
アオイと少し会話をしつつ、ハーブティーを飲みながらノルンはまたぱらぱらと手元の本を手に取る。
そして、1冊、また1冊と捲ってはなんとも言えない表情になる。
「…やっぱり、何も見つからない?」
アオイが眉を下げて聞けばノルンもまた落胆したように小さく頷いた。
「…はい」
「…そっかぁ」
もう一度ノルンも気落ちしたように小さく息を吐く。
しかし、ふと山積みにされた本に視界を向けた時に一冊の本に視線が止まる。
山積みにされた本の中の1冊。
その本は随分年月が経っているのか表紙は掠れて文字は読めず、表装も随分とボロボロだった。
(…こんな本読んだかな)
しかしノルンはその本に見覚えがなかった。
比較的瘴気について何か記述のありそうなもの、関連のありそうなものは一通り目を通したつもりだったが、まだ読み終えていないものがあったのだろうか。
不思議に思いながらもどこか惹き付けられるように古びた本に手をかける。
ぱらぱらと捲られるページはやはりかなりの月日の経過を感じさせる。慎重に扱わないとすぐに破れてしまいそうだ。
中身は手書きのノートの様なものだった。
誰が書き記したのだろうか。
そこには様々な魔法薬の作り方が事細かに明記されていた。
ノルンは思わず小さく目を見開く。
これを書いた人物はどれ程魔法の研究に研鑽を積んだのだろうか。
そこにはノルンが今まで聞いた事のないような魔法や魔法薬についての説明がずらりと並んでいた。
初めて聞く魔法薬や魔法にノルンは驚いて瞳を揺らす。突如食い入るようにぐっと顔を本に近づけて本に目を走らせる。
「ノルンちゃん?」
アオイもそんなノルンに不思議そうに首を傾げる。
アオイに名を呼ばれたことでノルンが静かに本から顔を上げる。
「…ここにある本には一通り目を通したつもりだったのですが、どうやらまだ読んでいないものがあったようです。…この本は初めて読んだのですが、誰かの手記なのか…事細かに多くの魔法や魔法薬について記されています」
「へぇ」
アオイは感心したように頷きながら真剣にページを捲るノルンを見守る。
新しい魔法、魔法薬にも興味津々だがその中でノルンは妙な期待感を胸に瘴気と言う文字だけを必死に探していた。
そして。
「…っ…」
とあるページでノルンは目を見開き、息を呑んだ。
「…ノルンちゃん、どうかした?」
アオイが心配そうにノルンに声をかける。
ノルンは少しの間を置いて、アオイを見ると手元に本を持ったまま少し信じられないと言った様子でアオイを見つめた。
そして、
「…ありました。瘴気に効くと書かれている魔法薬が」
と信じられないと言うようにぽつりと他人事のように零したのだった。
「ええっ!」
ガタッと思わずアオイが反射的に椅子から立ち上がる。その際思ったより響いた椅子の音にはっとしてアオイは辺りを見渡すが、バルトもリナもアトラス、そしてポーラも起きた様子は無い。
ブランだけは耳をピクリと反応させると顔を上げてアオイを見つめていたが。
皆が寝ていることに安堵するとアオイは小さく息を吐いて静かに椅子に座り直し、目の前のノルンを見た。
ノルンもまた驚きが追いつかないというように大きな目を瞬かせている。
「ノルンちゃん、あったってほんと?瘴気に効く魔法薬が…?」
アオイは小声でノルンに話しかける。
するとノルンは信じられないと言った様子のまま自分で確認するようにもう一度本を食い入るように見つめると、アオイと目を合わせて静かにこくりと頷いたのだった。




