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norn.  作者: 羽衣あかり
“白狼と少女”
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8.旅の始まり

 鳥のさえずりがゆっくりと耳に聞こえてくる。

 それを合図にゆっくりとノルンが目を開く。まだ覚醒しきっていない脳でぼぅっと焦点の合わない景色を眺める。


 そこはいつもの見慣れた自分の部屋だった。ホワイトウッドの木面を基調とした部屋にはあちこちに山積みにされた本。柔らかそうな毛布が重なるベッド。窓辺から目元に差す暖かい光。


 一度瞬きをする。

 するとぽろ、と少女の瞳からひとつ。雫が枕に沈んだ。


(…また、あの夢…)


 そう思いながらノルンはゆっくりと上体を起こす。

 腰まであるホワイトブロンドの柔らかなウェーブのかかった髪が太陽に反射して透き通る。


 ノルンはベッドに手を着いたまま身動きせず、夢の中の景色を思い出すように。大切な記憶を手繰り寄せるように、先程見ていた夢を頭で繰り返した。


 しかしそれも束の間。トントントンという軽やかな足音が聞こえてきたかと思えば勢いよく部屋の扉が開いた。


「ノルン!起きてるか?」


 そこに居たのは昨夜ノルンの家に泊まったアトラスだった。アトラスは大きなくりっとした瞳をもうしっかりと開けてノルンに笑いかけた。


「なんだよ今起きたのか〜」


 ノルンの正に寝起きという様な姿を見てアトラスは笑う。

 ノルンはアトラスと、そして部屋に置いてあるトランクを見た。

 そうだ。今日からアトラスと一緒にキオンの村へ向かうのだ。


 …だから。だから、久しぶりにあの夢を見たのだろうか。そう考えるも、アトラスの支度がすんだら出るぞ〜!という言葉に一度思考は中断された。


「わかりました」


 ノルンはそう返事をするとベットから立ち上がり、朝の支度に入る。髪をとかして、楽なワンピースから普段身にまとっているシャツに腕を通しスカートを履く。

 支度を終えてアトラスと軽い朝食を食べ終えたあと、ノルンは一度フローリアの家に寄った。


「くれぐれも気をつけて。無理はしないこと」

「はい」

「知らない奴に声かけられても着いてかないでよ」

「わかっています」


 アランは既に仕事に向かったらしく、フローリアの家にはいなかった。そもそも普段は騎士団の宿舎で生活をしているため、帰ってくる時の大抵の理由は可愛い弟妹達の顔を見るためである。


 二人と挨拶を交わすとアトラスとノルンはフォーリオの街を出た。


「馬を借りなくていいのですか?」


 キオンまでの距離を考えノルンがそう言うがアトラスは首を振る。


「あぁ。キオンまでの道のりは高低差の激しい険しい場所が多い。馬で行くより歩いていった方が確実だ」


 キオンはフォーリオから北西の少し離れた場所にある小さな村だ。フォーリオ同様山が近く、険しく整備されていない道がほとんどだ。

 フォーリオからは歩くとなれば片道1週間はかかる。

 ノルンはアトラスの言葉に素直に頷くとアトラスと並んで歩いた。





 ◇◇◇





 柔らかな風が頬を撫でる。

 ノルンは瑞々しい春の空気をいっぱいに吸い込んだ。

 まだ少しの肌寒さを感じる空気は暖かな日差しとちょうど良いバランスを保ってくれている。


 ゆっくりと二人は春の森の中を進んで行った。

 そこで歩きながらノルンはふと、前を歩くアトラスを眺めた。


 誰かと一緒に旅をするなんて、自分には無理だと思っていた。

 愛嬌があるわけでもなければ、面白い話を提供することも出来ない。

 旅の間、何を話せばいいだろう。

 もしアトラスに不快な思いをさせてしまったら。

 昨日の夜、眠りにつく前にノルンはそんなことをベットで考えていた。


 しかし出発してからアトラスと一緒に行動をしていて何も話さない時間があったとしても不安になることも、無言を気まづく感じることも、一度もなかった。


 目の前では森の果実に、眠りから覚めた動物に反応し、ノルンに楽しそうに話しかけるアトラスがいた。


(…誰かと旅をすることが…こんなに穏やかで心地よいなんて…知らなかった)


 ノルンはアトラスの言葉に一言二言返すだけ。または頷くだけ。しかしアトラスが嫌そうな顔をすることも一度もなかった。


 それよりもノルンが薬草の知識などを補足すれば驚いたあと、すげぇな!と気持ちよく笑った。


 その後日が暮れると二人は森の中で簡易的なテントをはり、アトラスが狩った猪をスープに煮込んで食べた。

 焚き火に当たりながら、二人で完成したスープを食べる。


「…!何だこれ。すげーうまい」

「よかったです。アトラスが猪を捕まえてくれたおかげです。残りは凍らせてトランクに入れておきます」


 そう言うとノルンは魔法を使い、余った大きな猪肉を凍らせるとトランクを開けていくつもの収納がある内の一つに猪肉を押し込んだ。

 すると明らかに収納の入口より大きいサイズの猪肉が中に暗闇に吸い込まれるように消えてしまった。


「…なぁ。さっきも気になってたんだけどよ、そのトランクどうなってんだ?すげぇな!テントも鍋も出てきたし、一体どれだけ物が入るんだ?」


 アトラスが興味深そうにトランクを覗き込む。


「…これは私の家に置いてあったトランクです。このトランクには拡張魔法と重量操作が掛け合せで掛けられており、見た目に反して多くのものを持ち運ぶことが出来ます」

「へぇ。それはすげぇな。便利そうだ」

「はい。遠出する際にはとても重宝しています」


 スープを食べ終えたあと、ノルンはアトラスに今までの旅の話を聞いていた。

 今までどこに行って、何を見てきたのか。

 どのような魔物がいて、どのような種族がいるのか。


 アトラスは快く今までの旅の話を聞かせてくれた。

 中には大変に感じる場面も多かったが、アトラスはそれを楽しそうに話した。


 そんなアトラスの話をノルンは夢中になって聞いた。

 穏やかにそれは暖かく_。

 初めての旅仲間との夜はゆっくりと更けていった。

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