85.薬草使い
少年が去っていったあとで、アオイは以前唯一当たりを引いた紙のくじを持って見つめていた。
それを見つけた店主はアオイに笑顔で話しかける。
「あら。お兄さん、食べたことあるんですか?それですそれ。あたりのくじ」
「前に頂き物でもらったんです」
「そうですか。良かったら旅人さん達も集めてみてくださいね。ふふ。私も頑張って集めてるんですがなかなか当たらなくて。あたりのクッキー食べてみたいんですけどね」
「そんなに美味いのか?」
茶目っ気に笑う店主にアトラスも少し興味を持ったのか聞き返す。
「ええ。以前10枚集めて交換された方に聞いたらとっても美味しかったって聞きましたよ」
そう言われてはどんなクッキーなのか気になってしまう。しかしとりあえず今のところ手持ちの当たりくじは1枚。アオイなんかは特に家が菓子屋なこともあって興味を示しているようだった。
いつか当たるといいな、とノルンは思いつつ買い出しを済ませていったのだった。
ある程度の日用品、消耗品の買い出しを終えて、店主に挨拶をして店を出ようとした所だった。
1人の少女が息を切らして走って店にやってきた。
まだ十祭にも到底満たないような年齢に見える。
少女は白いワンピースを着ており、そのワンピースは土で所々汚れている。
途中転んだのか身体にも土汚れがつき、かすり傷ができていた。
走ってきた少女は店に着くとはぁ、はぁ、と肩で息をしながらも真剣な瞳で店を見つめていた。
突然やってきた傷だらけの女の子にノルン達は少しばかり困惑する。
真っ先に声をかけたのはアオイだった。
少女の前に手に膝を着いて視線を合わせる。
「…えっと、大丈夫かな?身体が傷だらけみたいだけど…」
すると女の子は初対面のアオイに人見知りをしているのかぴくりと肩を揺らすと口をぱくぱくと動かした。
しかし、必死に頑張って何かを伝えようとしていた。
そして細い声から聞こえてきた少女の言葉。
「…おくすり…」
泣きそうなか細い声で少女は確かにそう言ったようだった。
「お薬?」
アオイが聞き返すと少女が頷く。
そこでアトラスは店の中にいる店主に少し声をはりあげて聞いた。
「お〜い、この店に薬って売ってるのか〜?」
アトラスの声に先程の店主が店の奥からやってきた。
「薬?ごめんなさ〜い、ここには置いてなくて…ってあれ?リナちゃん」
どうやらここに薬は置いていないようだ。
しかし出てきた店主は女の子のことを知っているらしく少女の名を呼び首を傾げていた。
「どうしたの?バルトさんは?」
店主が問いかけるとリナと呼ばれた少女は知り合いに安堵したのか、少しだけ気を抜く。
しかし店主が言ったバルトという言葉に反応したのか胸の前で手をぎゅっと握りしめる。
そしてまた泣きそうになる。
「バルトさん?」
「あ、えっとこの子は村の隣の森にバルトさんっていうお爺さんと住んでるリナちゃんって子なんです。いつもだったら森から村までの道は危ないからお爺さんと一緒に買い物にくるんだけど…」
そこまで言って店主も困惑したようにリナを見た。
「お嬢ちゃん、ここには薬はないみたいだぜ?」
アトラスがリナとほぼ同じ目線で言えば、リナは眉を八の字に下げて目を潤ませる。
「リナちゃん。一体どうしたの?何かあった?」
困惑しながらも店主が優しく問いかける。
それにリナはぽろぽろと涙を零しながら口を開いた。
「お…おじいちゃんが…」
「バルトさん…?」
リナは頷く。
涙がぼたぼたと地面にしみを作る。
「うん…。おじいちゃん…が…朝からくるしそうで…」
リナは泣きながらも震える声でなんとか言葉を絞り出す。
お爺さんを心配する気持ちからか、この場に1人という不安からか、気持ちを押さえつけるようにワンピースの裾をぎゅ、と握っている。
そんなリナを黙って、しかし眉を寄せて見ていたノルンは店主に顔を向ける。
「…この村に薬草家の方はいらっしゃいますか?」
薬草家とはその名の通り薬草を扱い傷や病を治療する者を指す。薬師と薬草家の区別はさほどなく、同一視されることが多い。または薬草使いなどとも呼ばれる。フォーリオではフローリアのことを皆薬師として頼っていた。
またノルンはその見習いという立場のようなものだった。
とはいえ、ノルンは薬を作ることはもちろん、多様な植物に興味を示しており植物学者のようだともフローリアに言われたことがあった。
それはあながち間違いではない。
薬師と植物学者は切っても切り離せない関係にあり、実際にノルンの家は薬草畑や、家の中にも隅々に様々な植物が置かれていた。
しかしどうやらそんなハーバリストはこの村には居ないようであった。
「…この村には薬師は居ないんです。隣の村まで行けば居るけど、ここから早くて1週間と少しはかかるわ…」
困ったように眉を下げてリナを見る店主。
リナは未だぽろぽろと涙を零している。
幼い少女が泣いている様子にノルンも心を痛める。
そんな中声を上げたのはノルンの騎士と名乗るアトラスだった。
その顔はいつも通りの涙なんて吹き飛ばすような元気な明るい笑みだった。
「何言ってんだ。それならノルンが行けばいいだろ?ノルンは腕のたつ薬草使いなんだぜ」
その言葉に思わずノルンは「ぇ、」と零して思わず固まるのだった。




