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norn.  作者: 羽衣あかり
“白狼と少女”
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7.流星の残影

 そしてその日の夜。ノルンは夢を見た。

 幼い頃から幾度も繰り返し見る夢を。




 ◇◇◇




 鬱蒼とした森の中を馬で誰かが駆け抜けていく。

 耳には馬の蹄が地面を力強く蹴る音と、誰かの苦しそうな吐息だけが近くで聞こえる。

 馬に乗る人物はフードを被っていて表情が見えない。しかし、ビュゥッと突風が吹き抜けその人物のフードを落とした。

 そこにはまだ若く美しい女性がいた。

 ダークブラウンの柔らかな髪が風に舞う。

 彼女は相変わらず苦しそうに息を切らしている。

 一度、彼女は自身の腕の中に視線を落とす。

 自身と同じグランディディエライトの瞳をもつ者に。


「…ごめんね。大丈夫だからね」


 そしてそう、声をかける。その声にどこかでひどく安堵する。もっと彼女の声が聞きたい。そう思うけれどいつもの様に自分の意思など関係なく場面は進んでいく。


 彼女の腕の中にはまだ幼い子どもが抱かれていた。布に包まれた子どもは指を口にくわえ、ただじっとその美しい宝石のような瞳で母である女性を見つめていた。


 母親を通した奥の空では星が瞬き、世界に降り注いでいるようだった。





 ◇◇◇





 場面が少し進み、幼い子どもは馬から降ろされ、ふわふわとした草の上に座らさせれていた。

 母である女性は木の影に子どもを隠すように座らせたあと、慈しみが篭もった瞳で子どもを見ると一度優しく頭を撫でた。


「…ここで少しだけ待っていてね。絶対にここから動いては駄目よ。すぐに戻ってくるからね」


 優しく心地の良い声が耳に届く。幼い子どもは不思議そうに母親を見ながらもコクリと頷く。

 母親は子どもにそれだけ言うとマントを翻し、またフードを深く被り馬に乗って来た道を引き返して行った。


 その間子どもは隣に座る真っ白い毛並みを持つ狼の子どもを見つめたあと、顔を擦り寄せて来る狼に嬉しそうに微笑んだ。


 しばらく狼と子どもが戯れていると、子どもの視界の端で何かがキラリと光った。

 子どもはそちらに顔を向ける。するとまた何かがキラリと光る。子どもは目を少し大きくした。

 そして、母親に言われたことを忘れてしまったのかつたない足取りで立ち上がると、何かが光った方に歩き出した。

 少しだけ歩いていくと鬱蒼とした木ばかりの森の景色から開けた場所が見えてくる。

 そこはとても大きな湖だった。

 大きな湖は美しい今日の空の様子を全て映し出していた。

 キラ。キラ。空で降り注いでいた星が湖の中を走っていく。子どもはその美しい景色から目が離せなかった。


 流星群だ。煌々と輝く数多の星々が空を駆け抜け落ちていく。その様子を飽きることなくずっと眺めていた。

 子どもの口から白い息が漏れる。

 寒く凍てつく空気の中、まるで夢の世界のようにその景色は存在していた。


 子どもはふと、湖から視線を空へとやる。

 いくつもの星が一瞬で視界を通り過ぎていく。

 その様子は大きな美しい子どもの瞳に反射していた。

 しかし、一つだけ。数多ある星の中で子どもがまるで惹き付けられるように見ていた星があった。それは他の流星群と同じように空を駆け抜けた。


 しかし子どもの目にはまるでスローモーションの様にそれが見えていた。ゆっくり、ゆっくり。それは空を流れる。そして何故か自分に向かってくる。


 青く、白く、そして金色の火花を散らしている彗星。子どもは星から目を逸らさない。まるでこの後どうなるか分かっているように。そしてその星は少女の胸に吸い込まれていく。


 星が近づいてくるにつれて子どもの視界は星が発する金色の輝きでいっぱいになる。

 星が子どもの胸に触れた瞬間、トンっと軽い衝撃が走る。その瞬間、子どもは後ろに尻もちを着き、当たりは一面子どもを中心に広がるように金色に輝いた。


 キーンッ。鉄琴を鳴らしたような、耳をつんざく様な甲高い音が子どもの耳に響く。子どもはその音に驚き少し恐怖したようにぎゅ、と力強く目を閉じる。


 それから数十秒後。いや、本当は数分後、数十分後かもしれないが森の湖のほとりで倒れている子どもを母親である女性が別れた時よりもひどい焦りを浮かべた表情で見つけた。


 そして子どもを見た瞬間、衝撃が走ったように目を見張る。あぁ…どうして、どうして…、そんな声が小さく森の木々に吸い込まれる。


「…ごめんね…本当にごめんね」


 母親が横たわる子どもを抱きしめる。その声は苦しく何かを押し殺すような声だった。


 そして次の瞬間、母親の手の平が子どもの胸に押し当てられ、母親の手のひらと子どもの胸の間に金色の魔法陣が描かれていく。


「…貴方だけは…貴方だけは…」


 そう呟きながら母親は手に力を込める。

 そして小さく、短く、何かを囁く。


(…なんて、おっしゃったのですか)


 彼女の頬を伝っていたものが、子どもの母親譲りの真っ白な雪のような頬にぽたりと落ちる。


(…泣かないでください。…どうか…どうか…)


 そう思っても声が出ることはない。


 そしてまた一度パッと一瞬、当たりが光に包まれたあと、決まっていつも現実に引き戻されるのだった。








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