71.目的地
先程名を与えたホークスは名をつけられたことを理解しているのか嬉しそうに空を旋回し、優雅にノルン達の上空を舞う。
そこでアオイがそういえば、とノルンを見つめる。
「そういえば、ノルンちゃん。これからどこに向かうの?」
「………」
アオイの言葉にノルンはぴた、と歩みをとめた。
そして、真顔のまま口を開くことは無い。
「そういえば、まだ決めてなかったなぁ」
「え」
呑気なアトラスの言葉にアオイは驚く。
ノルンは黙ったまま、持っていたトランクを突如開けて、その中のひとつの引き出しに手を突っ込んだ。
そして、がたごとと、色々なものを出しては引き続きトランクを漁る。
「…うわぁ、すごい」
万年筆。インク。何かの木の実が入った瓶。タオル。ノート。本。本。本。
始めてみる魔法のトランクにアオイが関心しているとノルンは目当てのものがあったのかその手にあるものを掴んで引き出した。
それはかなり古びたハルジア大陸の地図だった。
とりあえず道にちらばった物を片付け終えるとノルンは地図を開いた。アオイとアトラスも覗き込む。
「………」
ノルンは真剣に地図を見つめたまま口を開かない。
何処に行くか。
あまり、明確な目的地など考えていなかった。
そもそもノルンの旅の目的は父親を探すことである。
そのため、明確な目的地など考えてはいなかった。
すると、ノルンの隣で地図を見つめていたアトラスが口を開いた。
「…やっぱり人を探すなら首都に向かって行った方がいいだろ。その方が人も多いし情報も集まる」
「首都…」
つまり、アトラスが言っているのはハルジア大陸の首都。ベルンのことである。
アトラスの言葉にアオイは旅に出る前の夜のことを思い出していた。
「…そっか。確かノルンちゃんの旅の目的は___」
小さな声で言ったアオイの言葉にノルンは視線を向ける。
「__はい。父を、探したいのです」
その真剣な真っ直ぐな瞳に魅入られる。
しかし、目を離せないでいたアオイよりも先にノルンがふっと視線を下にした。
「…けれど、本当に良いのですか。私の…目的にアルもアオイさんも…」
付き合わせてしまって、そう小さく呟かれた言葉。
それにアオイとアトラスはきょとんとして顔を見合せたあと、優しく笑った。
「何言ってんだ。俺は構わねぇぜ!元からそのつもりで来てたからな!」
アトラスの言葉にノルンは顔を上げる。
「うん。僕も。さっきも言ったけど、ただノルンちゃん達と旅がしたかったんだ。だから本当に大丈夫だよ」
そして続けざまにノルンに言葉をかけたアオイを見つめる。笑うアオイを見つめるその瞳はどこか揺れていた。そして、2人の言葉を聞き終えるとノルンは胸に手を当てて、戸惑うような顔をしていたが、そっと2人を見つめ直した。
「…ありがとう、ございます。アル、アオイさん」
2人はノルンの言葉に優しく笑った。
「さて、で、どうする?」
「…ベルンに、行きたいです」
ニヤリとアトラスに笑いかけられ、ノルンは意を決した声で言った。ベルンに向かうとなれば大分ここから北上していくこととなる。早くても1年はかかる道のりだ。
しかしノルンの言葉にアトラスは「決まりだな」と言って太陽のように笑った。
アオイも「うん。ベルンかぁ。僕も行ったことがないから楽しみだよ」と笑みを浮かべていた。
そんな二人を見てノルンはなんとも言えない気持ちになっていた。この気持ちはなんと言うのだろうか。
わからない、けれど。ノルンが知っている感情で近しいのは恐らく感謝だろう。ノルンの意見に柔らかく笑って賛同してくれる2人にノルンは静かに顔を俯かせ、眉を下げてほんの少しだけほほ笑みを浮かべた。
そして、目的地が決まったその後またしばらく森の中を進んでいくと、どこからか水が流れる音がしてアトラスは足を止めた。
「お、近くで川が流れてるみたいだな。ちょっと休憩してくか」
「はい」
アトラスに賛成し、ノルン達は少しの休憩をとることにした。
アトラスとアオイはせっかく川が流れているということで夜ご飯の材料調達のために釣りをするらしかった。
ノルンはブランと共に近くを散策し、木の実や果物がないか探すことにした。
春ということもあって森の実りは豊かだ。
時折見つける果物や木の実をノルンは慣れたようにつんでいったのだった。