70.兄の愛情
フォーリオを出発して数日。
3人と1匹は穏やかな森の中を進んでいた。
春の陽気が心地よく、アトラスは伸びをする。
新緑の下を一行はゆっくりと進んでいた。
「そういえば、アオイ。お前、旅に出る前に家族に会わなくていいのか?」
アトラスは伸びをしたあとふと思い出したようにけば、アオイはあー…、と歯切れ悪く声を出すとアトラスから視線を逸らす。
「えっと…うん。多分大丈夫」
「多分かよ」
気まずそうに視線を逸らすアオイにアトラスがツッコミを入れる。
そこでアオイは不安そうに心配げにアオイを見つめるノルンと視線が合った。
「…アオイさん。アオイさんはもともとギルドの依頼でフォーリオの近くまで来られたと言っていました。もしかして討伐を終えたらアオイさんの村へ帰るつもりだったのではないですか?」
「えっ」
ノルンに見透かされるように言われ、アオイは図星のように肩を揺らすとええっと、と視線を逸らして困ったように笑った。
「おいおい、マジか。それじゃあアオイの父ちゃんと母ちゃん心配してるんじゃないのか?」
アトラスにもそう言われ、アオイはうーん、と唸る。
父は相変わらず年中家を出ているし、兄ふたりは基本奔放としている。気がかりがあるとすれば、母だが、母にもしばらく旅をしてみようかと思うと以前話したところ、目を輝かせ、後押ししてくれた。
しかしさすがに今回とは告げていなかったため、心配させてしまいそうだ。
許しはしてくれると思うが、さすがに伝えておいた方がいいだろう。
アオイがそのようなことを考えていると、ノルンが口を開く。
「…アオイさん。もし私を案じて無理に着いてきてくださったのであれば…」
「えっ…!ち…ちがうちがう!ちがうよ!ノルンちゃん」
その突拍子もない発言にアオイはぎょっとすると慌てて否定した。その後に続く言葉は恐らくアオイを家まで送る、といったそんな内容だろう。
「僕が2人と一緒に旅したくて着いてきたんだ。もちろん、ノルンちゃんが心配という気持ちもあるけど…でも、本当に2人と旅ができたら楽しいだろうなって思ったから」
穏やかにノルンの間違いを正すように優しく笑って言う。ノルンはようやくその言葉を聞いてそうですか、と言ってやっと表情を緩めた。
「うん。でも、母にはあとで手紙を送ろうかな。何処かの村にでも着いた時に」
「…今でも送れますよ」
「え?」
ふとノルンから返ってきた言葉にアオイは笑顔のまま首を傾げる。
突如ノルンは空を見上げたかと思えばピーッと口笛を鳴らした。
するとすぐに上空から何か羽ばたく音が聞こえたかと思えば、それはノルン達の頭上を旋回してノルンの腕に止まった。
「えええええっ…!?」
思わず降りかかるように落ちてきたそれにアオイは目を丸くして慌てる。
驚くアオイとは反対にノルンは真顔でそれを受け止めた。
それは立派な大鷲だった。
全体的に濃い灰色がかった茶色の体毛。
尾と頭部は白くその姿は気高い。
鋭い嘴は黄色く、その瞳もまた鋭い。
しかしそんな大鷲をノルンは臆することなく見つめていた。
「…えっと、ノルンちゃん。その鳥は…」
未だ少し怯えながらアオイが聞くとノルンは視線をアオイに向ける。
「昨夜の夜、手紙を持ってやって来ました。どうやらアランからの贈りものらしいです」
そう。この大鷲は昨夜ノルンが夕食の支度をしている際に、ノルンの元へ舞い降りたのである。嘴に長文の分厚すぎる手紙を添えて。
「あ〜。なんか旅立つ前に言ってたなぁ。それにしても大鷲とは。あいつ、本当にノルンとレオに関しては金に糸目がないよなぁ」
「………」
「あはは」
アトラスの言葉にノルンは聞こえていないというようにどこか遠くを眺めていた。
「そっかぁ。大鷲かぁ。なんて言う名前なの?」
アオイにそう聞かれ、ノルンは微かに瞬きをして首を傾げた。
どうやら何も考えていなかったようだ。
「まだ決めてないんだな?ようし!じゃあ俺が考えてやる!」
ノルンの表情に察したアトラスは意気揚々と考え始めた。
それから森を歩くこと30分。
アトラスは短い腕を組んで眉を寄せてんん〜、と唸っていた。
そしてやっとぱっちりとした目を開いたかと思うと決めた!と言ってニヤリとノルン達を見つめた。
「こいつの名前はホークスだ!」
びしっと指をさして言うアトラスにノルンは数回瞬きをした。
無言のアオイとノルン。
「なんだよ、なんか言えよぉ」
不安げに耳を垂れさすアトラス。
「…いえ。なんというか…」
「…あはは。そのまんま、だね」
苦笑いをしていうアオイと真顔のノルン。
アトラスは一瞬うっ、と言って視線を逸らすと気まずそうにいった。
「…やっぱりかぁ。名前考えるのって難しいな。…よし、やっぱりノルンが付けてくれ!」
「…ぇ」
二カッと微笑まれ今度はノルンが肩を揺らす。
「…いえ。私もホークスがいいと思います」
「おい」
「あはは」
少しむむ、と言った雰囲気で大鷲を見つめていたノルンだが、すぐにアトラスをみてそう告げていた。
「アオイさん。少し休憩してお手紙を書かれますか?」
「ううん。夜に書こうかな。ありがとうノルンちゃん」
アオイの言葉にノルンは頷く。
しかしそこでアオイはそれにしても、と少し気まずそうな顔をした。
「…ノルンちゃんのために贈ったホークスの最初の手紙が僕だなんて…アランさんが知ったら悲しまないかな」
「………あー」
曖昧な返事をしたアトラスとは対照的にノルンは首を緩く振る。
「大丈夫です。アランはそんなことないと思います」
それがそんな事あるんだよなぁ、と思いながらもノルンの真っ直ぐな瞳を前にアオイとアトラスはそっと口を噤んだのだった。
そうしてまた新しい仲間が加わり、まだ始まったばかりの旅路をノルンはゆっくりと歩むのだった。
 




