68.語られる秘密
レンは地べたに倒れ込んだまま、何が起こったのかを理解できていないように困惑しながらゆっくりと顔を上げた。
レンの前に立っていたのはレオだった。
レオは俯いている。レオの元に倒れ込むレンにはその表情が伺えた。
そこには怒り、苦悶に満ちたようなレオの顔があった。
初めて見るレオの表情にレンは目を見張る。
「…お前が…」
歯を食いしばるレオが、レンを睨みつけながら小さくつぶやく。
「…お前が…ノルンのことを話したのか…」
レオの言葉と表情にレンは目を見張る。
普段感情の起伏がない、淡々とした声も、顔も、今は違う。激情する感情を、必死に押さえつけているような声、顔。全て初めて見るものだった。
「…………………っ……わざとじゃなかった」
レオの瞳に我慢できなかったように、目を逸らして、焦ったようにレンが言葉を漏らす。
その言葉にさらに、レオが拳に爪を食い込ませていることなど知らず。
「…こんな事になるなんて、思わなかった。…あいつが…ノルンを襲いに行くなんて思いもしなかったっ…」
レンが焦って責から言い逃れしようとまくしたてる。
しかしそれを遮るように、低く小さくレオが呟いた。
「………ふざけるな」
「…ぇ…?」
低く、腹の奥から発せられる声に、思わずレンも言葉を止める。
「…ふざけるな…ッ…」
もう一度。今度はたしかにレンを睨みつけてレオは言い放った。その覇気にレンは思わず口を噤む。
「…わざとじゃない…?…ふざけるな、それならなんで、知らない奴にノルンのことを話した…?」
怒りを必死に抑えるようにレオの声は震えている。
固く、固く拳が握られる。
「…何で、ノルンは外で自分が魔法使いだということを隠していたと思う。…何で、この街の人達がノルンや師匠《せんせい》のことを黙っていると思う」
震えるレオの声に、レンはレオが何を言いたいかがわからず、しかし何か自分が犯してしまった間違いを問われる気がして、冷や汗が出る。
「…魔法使いだとバレれば、昔のように襲われるかもしれないからだ。だから、ノルンは魔法使いだということを隠してきた」
「…え…」
思わずレンは声を漏らす。
瞳孔が開き、息を止める。
そんな話は聞いたことがないとでも言うように。
「…だけど、昨日、ノルンは襲われた。お前がノルンの情報を話したからだ」
憎しみの籠った目で睨みつけられても、レンは声が出なかった。
「…お前は昔からそうだった。…ノルンがフォーリオに来て間もない時も他の子供を引き連れてノルンを傷つけた」
レオの言葉にレンははっとする。
脳裏に幼い頃の記憶が呼び起こされる。
___おい!お前がノルンってやつか…!?
___…………。
___おい!みんな!あいつには近づいちゃダメなんだからな!?あいつといると悪い奴らが襲ってくるってみんな言ってるぜ!
___………。
___おい!なんとかいえよ…!…きもちわりいな!…早くこの街から出てけ!!このばけものッ!
レンは眉を寄せ、苦しげに顔を歪める。
その顔に苛立ちを覚えたようにレオは続ける。
「…お前の家のうさぎが弱った時もそうだった。お前の家のうさぎを抱えたノルンにお前は罵声を浴びせた」
レオの言葉にレンは数年前の記憶を辿る。
数年前レンは家でうさぎを飼っていた。
しかしある日突然うさぎは弱ったように大人しくなってしまった。
心配していたレンだったが、ギルドに出かけ、急いで帰ってきた際には珍しくノルンが街へ降りてきていたのを見つけた。
しかし、その腕にはレンの大切なうさぎが抱かれていた。
レンの家の近くで、うさぎを腕から下ろしたノルンにレンは思わず掴みかかった。
___おいッ…!何してるッ…!?
___……っ……。
ノルンは突如肩を後ろから捕まれ、動揺したように目を丸くしていた。
そして、なにか言おうと口を開いたが、レンはそれを遮った。
___…まさか…おい、ノルン…俺のうさぎになんかしたのかッ…!?
___…っ…、いえ。…あの…。
___っ…どけッ…!もう二度と俺のうさぎに近づくなッ!!
ノルンの肩を力強く突き放してうさぎに駆け寄り、うさぎを抱きしめてレンはそう言い放った。
「…あの時、お前のうさぎは誰が治したと思う…?」
レオの震える声に、レンははっと顔を上にあげて、動揺を浮かばせた瞳でレオの顔を見る。
まさか、とでも言わんばかりの表情だ。
「…あの時、僕はお前なんかのうさぎ、放っておけばいいって言った。…でも、ノルンはそうしなかった」
レンがやっと真実にたどり着いたように、激しく顔を歪める。まるで今にも泣きそうに。
「ノルンはお前のうさぎを治療した。そして、お前が帰ってくる前にまだ回復しきっていないうさぎを抱えてお前の家に連れていった」
レンの母親は口に手を当てたまま震えていた。
その瞳には薄らと涙が滲んでいる。
そして、レオは今までの思いをぶつけるように言葉を続ける。
「…この街が魔物に襲われていないのは何でだと思う。騎士団が派遣されたから…?それもあるかもしれない。だけど、違う。それは…ノルンが結界をはったからだ」
今まで沈黙してレンとレオの様子を見守っていた街の人々に動揺が走る。
空気が揺れる。
「…ノルンは…ノルンはいつだって…この街を守ろうとしてた。…なのに、なんで…、なんでッ…」
レオの瞳に薄く膜がはる。
そして、レオの言葉にまた、レンだけでなく街の人々も初めて知る事実に息を呑んだ。
「…どこまで、お前はノルンを傷つければ気が済むんだッ…!!」
小さく、けれど悲痛な叫び声が朝の街に静かに響き、余韻を残す。
レンは静かに眉を寄せたままその目から一筋涙を零した。
そして、レオの頬にもまた一筋の涙が伝い、それは静かに足元に落ちるのだった。




