67.繋がる背景
薄らと空が明るみ始めた頃、アラン、レオ、フローリアが街に降りれば、まだ早朝だというのにそろそろと街の住人たちは家から出てきて、不安げに顔を覗かせた。
昨夜の戦闘は街の人々にも気づかれていた。
しかし、不安に襲われる人々を全てが終わったあとで、鷹隊長であるソフィアが危機は去ったと、説明は明日行うから今は休むように、と街の住人に伝えていた。
そのために、街の人々もソフィアの言葉を信じ、一度は眠りについた。
そして、今アランが、フローリア、レオと共に来たことで、昨夜の説明を聞きに皆、家から出てきたのだった。
「…あぁ、フローリア様、ご無事でしたか」
「あぁ、良かったわ」
「ええ、本当に。先生に何かあったのかと…」
街の人々は口々にフローリアを見ると安堵したように頬を緩ませる。
しかし、そこに居るはずの少女が居ないことに気づいた者達は不安げにフローリア達を見つめていた。
「アラン」
名を呼ばれ、アランが振り返ると、そこにはソフィア、そして鷹の騎士数人がソフィアの後ろに控えていた。
ソフィアはアラン、レオ、そしてフローリアに一瞥すると、ゆっくり街の人々に向き直った。
「…皆さん、昨夜の襲撃を受けて、一晩気の休まらない方もいらしたとおもいます。ご心労をおかけして申し訳ない。…そこで、昨夜約束した通り、昨晩何があったのか説明させて頂きたい。そして、それは…私に変わり、アラン隊長に説明して頂こうと思う」
ソフィアが真剣な顔で、そう言い、最後にアランを見る。ソフィアの視線を辿るように、皆、アランに注目した。
街の人々の緊張した視線が注がれると、そっと目を開いたアランは真剣な声色で話し始めるのだった。
昨晩、何が起こったのかを___。
アランは、街の人々に掻い摘んで昨夜の真相を話した。
突如現れた謎の男にノルンが襲われたのだということ。その者はノルンが魔法使いであることを知り、ノルンを狙ってやってきたのだということ。
そして、その男は既に鷹が捕え、牢に入れられているのだということを。
アランの話に街の人々は、途中声を出すこともなく真剣に不安そうな面持ちで話を聞いていた。
しかし、男が捕らわれたと聞いて、安心したように胸をなでおろした。
「その男は自身のことをマレウスと名乗っていた。鷹でも現在取り調べを行っている。しかし、何か気づいたこと、知っている事があれば、どのような事であれ、こちらまで報告を頼みたい」
アランがそういった時、街の人々の中で、一人動揺したように瞳を揺らし、何かを呟く男がいた。
「…マレウス…?」
つい口に出てしまった言葉に、横にいた女性が怪訝そうに向き直る。
「…レン?貴方まさか何か知ってるの…?」
その男とはレンだった。
そして、レンの隣にいた母親は怖々とレンの肩を揺する。
思わず、アラン、レオ、フローリア、ソフィア、そして街の人々の視線がそちらに向く。
「…レン。何か知っているのか?」
アランが真剣な瞳で問えば、レンははっとしたようにアランを見つめた。
気づけば周りの視線は自分に向き、街の人々は怪訝そうに、不安げにレンを見つめていた。
「レン…!」
「…っ…」
問い詰められるように、先程より切迫した声で母親に名を呼ばれたレンは目を見開いて、その表情はどこか怯えている。
冷や汗をかいて、顔は青ざめている。
「……っ…少し…前に…、森で…そんな名前の男に…助けて、もらったんだ。全身ぼろぼろで…仮面をつけた男だった」
アランが目を見張る。
フローリアも口元に手を当てる。
「あぁ。その後どうした?」
ソフィアの言葉は決して責めてはいない。
しかし、レンはびくりと肩を震わせると、恐る恐る揺れる瞳でソフィアを見つめた。
「……っ……助けて、もらった礼に…ノルンのことを…そいつに話したんだ…」
レンの隣で母親が衝撃を受けたように息を呑む。
それは、フローリア、アラン、レオも同様だった。
フローリアは悲痛な面持ちになり、アランの表情は一気に強ばった。
「…知り合いに…魔法使いはいないかって聞かれた。…だから、咄嗟にそこで…ノルンのことを…」
「…レンっ…貴方、なんて事っ…」
そこまで言うと、レンは歯をかみ締めて言葉を切った。レンの母親はショックを受けて、震えている。
フローリアは眉を寄せ、悲しげにレンを見つめる。
アランは一人瞬きもせずレンを険しい瞳で注視すると、それはきつく、爪が食い込むほどに拳を握った。
それはまるで何かを堪えるように、小さく小刻みにふるふると震えていた。
ソフィアが眉を寄せアランを見つめる。
その時だった。
アランの後ろに控え、フローリアの傍らにいたレオが真っ直ぐ前に出た。
カツカツと靴を鳴らし、レオはレンの前に進み出る。
レオもまた視線を下に下げているためにその表情は伺えない。
フローリアが困惑し、伺うようにレオの名を呼んだが、レオは振り返らない。
張り詰めた空気の中、みなの視線がレオに集まっていた。
そして。
レンの正面にレオが辿り着いたと思ったその時___レオは勢いよく拳を振り上げると、そのままレオの拳はレンの頬に直撃したのだった。
「レオっ…!!」
フローリアの驚きと咎めるような声が小さく響く。
レンの身体が突如与えられた衝撃で後ろに倒れ込む。
何が起きたのかを理解できていないまま、放心したように殴られた頬に手を当て、恐る恐る顔を上げたレンの瞳に映ったのは激しい怒りと憎しみを纏ったレオの姿だった。
 




