60.援護
振り下ろされる鎌がまるでスローモーションの様にノルンの瞳に映る。月を背後に、鎌の切っ先が、嫌に光って見える。
次に来る衝撃と痛みに備えてノルンが咄嗟に目を瞑った時だった。
キーンッ、という様な甲高い金属同士が交わる音が響いた。
はっとして目を開ければ、ノルンの目の前には誰かの背中がノルンを守るようにして映っていた。
そしてその人物が、剣で鎌を抑えている。
「アオイ!!」
アトラスの安堵したような声が響く。
「アオイ、さん…?」
僅かながらノルンも咄嗟のことに頭が追いつかず、普段整然としている声はか細い。
「くっ…!」
アオイが鎌を弾き返すとマレウスも突然現れたアオイから距離をとるように大きく離れた。
「あぁ…?誰だおめーは」
「…アオイさん、どうして此処に…」
ノルンが困惑したように問えば、アオイは前を見すえたまま、肩を上下させて振り返ることなく言った。
「ノルンちゃん達を見送ったあと、すぐ大きな音がノルンちゃんの家の方面で鳴り響いて。もしかして、と思って走ってきたんだ。…間に合って、よかった」
本当に全速力で此処まで走ってきてくれのだろう。
息を切らしながら、アオイはそう言った。
最後の言葉だけ、どこか柔らかく聞こえて、その声と言葉にノルンは手を胸の前で握っていた。
「誰だおめーは。おめーもこの嬢ちゃんの仲間かぁ?」
マレウスは面倒くさそうにアオイを睨みつける。
「…アトラス、この人は?」
「知らねーな。いきなり此処で俺たちに襲いかかってきたんだ。狙いはノルンだ」
「…ノルンちゃん…?」
「あぁ」
マレウスの疑問には答えることなく、アトラスとアオイは緊張感を崩さず話し始める。
今度はアオイも加わり、先程より厳戒態勢でノルンを守るようにして立つ。
すると、少しの間黙っていたマレウスがいきなり、大きな叫び声を上げた。
「あ"ー…!!めんどくせぇ…。ガキが1人増えようと何も変わりはしねぇ。もう少し遊んでやりてぇところだが…。これ以上時間もかけてらんねぇ。さくっと終わらせてやる」
その叫び声に、震えることもせず、ノルンはマレウスを見据える。
マレウスは頭を強く掻きむしっていた手をだらんと下にたれ下げると、瞳孔を開いた瞳でアトラス達を捉えた。
そこで、マレウスが勢いよく飛び掛かり、また激しい攻防が繰り広げられる。
甲高い金属音に、発砲音が先程よりも勢いをまして鳴り響く。
しかしアオイが加わったというのに、未だに素早いマレウスに決定打を与えることは出来ず、受け身の攻防が続いていた。その時だった。
「ノルンッ!!!!」
再び、ノルンを呼ぶ大きな声が聞こえ、ノルンは思わずその声を聞いた途端、人知れず安堵した。
「無事かッ!?」
切羽詰まったような声で叫び、姿を現したのは他でもないアランだった。
駆け寄るアランに続き、その後ろにはソフィアの姿もあった。
「…アラン、ソフィア様」
「ノルン、怪我は無いか」
ノルンがアランの名を呼び、その声を耳に受け、無事なことを確認するとアランは心から安堵したように、一瞬表情を緩める。
ソフィアもまたノルンに駆け寄ると心配そうにノルンの身体を見渡した。ノルンはソフィアの言葉に小さく頷いた。それにソフィアも安堵したように少し表情を緩めた。
しかしすぐにアランとソフィアはノルンや他の者の無事を確かめたあと、状況を見極めたようにマレウスを鋭い眼光で捉え、その腰からスラリと剣を抜き構えた。
「誰だ。此処で何をしている」
アランの普段とは異なる低い威圧するような声が響く。
マレウスは駆けつけたアランとソフィアを見つめて、その刃物のような視線を細めた。
「お前ら…鳥か」
その視線は先程までの愉快そうなものとは一変して、氷点下かの凍てつく寒さを感じさせた。
憎しみに染められた視線。
しかしアランとソフィアが怯むことは無い。
「案外早かったなぁ…?もっとお前ら鳥が来るまで時間がかかると思っていたんだが」
「ふざけるな。妹の危機に駆けつけない兄が何処にいる?」
マレウスは挑発的な声で語りかける。
それに対し、アランが静かなる怒りの籠った瞳でマレウスを睨みつける。
「アトラス、あいつは一体何者だ」
ソフィアはそんなマレウスから視線を逸らすことなく問う。
「わからねぇ。急に現れて俺達に襲いかかってきやがった。マレウス、とか言ってたか?…狙いはどうやらノルンらしい」
「なんだと…?」
その言葉にソフィアは眉をひそめ、アランも僅かに肩を揺らす。