59.狂気の訪問者
その人物は茂みの間から突然現れた。
まるで闇と一体化しているかのような不気味さを纏って。
得体もしれない人物にノルンの脳内は警告を鳴らし、アトラスも警戒態勢をとる。
衣服は古びて、ところどころ敗れている。
フードを被り、顔には不気味な仮面を付けている。
目の部分だけが、顕になっており、仮面の奥から射るような鋭い瞳がノルンを捉えていた。
その瞳がじろじろとまるで品定めするようにノルンを足元から見定める。
ノルンはその気味の悪さに半歩後ずさる。
「なんだてめぇ…。何が目的だ」
アトラスの瞳孔が開き、逃がさないというように男を捉える。男はふらふらとしていて掴みどころがない。
しかし、アトラスの言葉にようやく、視線をしたに向けてノルンから視線を逸らすとアトラスを見た。
「んぁ…?…へぇ、ウールか。それにこっちは…ウルガルフか?何で魔物がこの街にいんだよ…?…まぁいい。…なんだお前。この嬢ちゃんの知り合いか?」
男はアトラスとその横に控えるブランに目を留めたあと、不思議そうに呟いてから、またアトラスに視線を戻した。
「あぁ。悪いがお前みたいな不気味なやつを近づける訳にはいかねぇんだよ」
アトラスが構えたハンドガンの引き金に指を置く。
「…くッ…くくくッ…。そうかい。それじゃあ仕方ねぇな」
仮面の上に手を置いて男が笑う。
「…そうだな。じゃあ自己紹介をしよう。俺はマレウス。ここへはある用があってやって来た」
「ある用…?」
「あぁ」
仮面の下の男の顔は分からないが、瞳は愉快そうに細められている。口元に弧を描いているのが想像できてしまうような。
そこで、男の瞳が大きく、見開く。
そして、楽しそうに、どこか狂気に満ちた声で甘く囁くように言った。
「そこの嬢ちゃんがノルン、っていう嬢ちゃんで間違いないか?」
「…っ…」
思わずノルンが息を呑む。
顔は強ばり、その瞬間空気が凍ったように張り詰めた。
「くく…。ふははははッ。その反応は間違いねぇようだな」
「てめぇ…何で…」
「んん…?知っているのか、って?聞いたからさ。この街の青髪の男にな。確かぁ…名前は…あぁ、そうだ。レンとか言う奴だ」
その言葉にノルンの表情が崩れ、眉を寄せ、厳しい瞳で相手を睨みつける。
「レンに何かしたのですか」
初めて声を発したノルンにマレウスと名乗った男は愉快そうに目を細めた。
「いんや?何もしていない。俺の目的は魔法使いを見つけることだからなぁ。お嬢ちゃん」
「なんだと…?」
そう言うとマレウスは引きずっていた血が滴る鎌を肩に担いだ。
ノルンはその言葉に険しくマレウスを睨みつけたまま杖を手にした。
「つまり、何が目的かは知らねぇがノルンを狙ってるってことは間違いないって事でいいんだな?」
アトラスが低い声で唸るように言う。
「あぁ。その通りさ。見たところ、まだ未熟なようだが、まぁまぁの魔力を持っているみたいだ。悪いが俺が貰っていくぜ?」
「はッ。させるかよ。そうとわかりゃてめぇは敵だ」
「くくくッ。ウールの分際で俺とやり合うつもりか…?だが、悪いが長居はしねぇ。鳥どもに駆けつけられるのも面倒だ。一瞬で終わらせてやる」
マレウスがそう言った瞬間だった。
言葉を言い終わる前にマレウスはアトラスの顔寸前まで迫っており、アトラスの首に鎌を振り切っていた。
「アル…!!」
ノルンが焦って叫ぶが、鎌がアトラスに触れることはなかった。鎌が空を切るその瞬間には既にアトラスは木の上に移動しており、素早くマレウスに向けてハンドガンを発砲した。
「ほぉ…?いいねぇ、俺の攻撃を避けたのか。お前中々に強いな?」
「馬鹿言うな。こんなんでノルンを攫えるとでも思ったか?」
その姿に息をついた束の間、すぐにノルンも攻撃に転じた。
森に激しい戦闘音が、響き渡り、閃光が弾ける。
男はアトラス、ノルン、ブランの攻撃を素早い動きで躱し、鎌を振るう。
「はははっ!いいねぇ!単なる思いつきだったが、これはいい暇つぶしになりそうだ!」
狂気に満ちた笑い声でオトコは笑う。
(…相手は近接。私もアトラスもどちらかと言えば中距離向き。…分が悪い。どうすれば…)
アトラスとブランがノルンを守るように戦っているために、人数の有利を取ることができない。
それにしても、マレウスはどうやら相当戦い慣れているのか、どちらにしろ余裕がある状態ではなかった。
その時だった。
アトラスとブランの間を一瞬で掻い潜って、マレウスがノルンの鼻先に迫った。
血走った瞳に捉えられ、ノルンの息が止まる。
「ノルンッ…!?」
アトラスの焦り声が響く。
マレウスの鎌がノルンの身体に降りかかったのだった。