5.知り合い
フォーリオの街に帰ってくるなり、ノルンはアトラスと共にフローリアの家へと向かっていた。
「ここがフォーリオの街か」
「はい」
「思っていたより広いんだな」
アトラスはフォーリオには初めて訪れるという。
白い煉瓦を基調とした建物が立ち並び、街の後ろにそびえ立つフォリアの雪山がよく映える。
街は活気づいていて露店が立ち並び、商売人の声が響き、通りを子供たちが駆けていく。
フローリアの家に着くとノルンは軽く戸をノックする。
「師匠、ただいま戻りました」
少し間が空いて戸が開く。
しかしそこに居たのはフローリアではなかった。
「…レオ」
そこに居たのはダークブラウンのくせ毛にエメラルドの瞳を持ったノルンより少し歳上に見えるどこか神経質そうな青年だった。
レオと呼ばれた青年はノルンを一度見て、その後ろにいるアトラスに一瞥をくれて、ほんの少しだけ眉をピクリとさせたが、特に何を言うでもなくまたノルンに視線を戻した。
「…師匠は今2階。中に入って待ってて」
「はい」
レオにそう言われ、ノルンは素直に頷く。
どことなく雰囲気の似ている2人だと、アトラスは思った。にこりともしない表情と口数が少ないところが。
ノルンに続きアトラスも家の中に入る。
すると丁度2階へ続く階段からゆっくりと足音が聞こえ、すぐにフローリアが顔を出した。
「あら。ノルン。おかえりなさい。…まぁお客様ね」
フローリアはノルンを見て嬉しそうに微笑んだ後、すぐにアトラスに視線を向けるとまた嬉しそうに微笑んだ。
「師匠。ただいま戻りました」
「ええ。おかえりなさい。ご苦労さま」
挨拶を交わしたあとでフローリアはノルンからアトラスに視線を向ける。
「ノルン。こちらの方はどなたなの?」
優しい声色でフローリアが問う。
「アトラスです。リアの街で出会いました」
「まぁ」
ノルンの言葉にアトラスが続くように自己紹介する。
「俺はアトラス。リアの街でノルンに助けられたんだ」
「まぁ。ノルン、そうなの?」
「…………」
アトラスの言葉にフローリアが驚いたように、嬉しそうに、興味深そうに瞳を輝かせる。
それに対してノルンは視線を逸らすだけで何も口にすることはなかった。
「はじめまして。ノルンがお客様を連れてくるなんて初めてで嬉しいわ。私はフローリア。こっちはレオ。よろしくお願いしますね」
フローリアは柔らかく慈しみの籠った瞳で自身とレオの名を述べた。
___フローリア。
どこか聞いたことがある名の様な気がしたが、ぱっと思い出すことは出来ず、その後すぐフローリアに席に着くように進められたこともあり、結局アトラスは一度考えることをやめた。
フローリアが入れた紅茶を机に並べ、4人は席に着いた。
レオはすぐ2階へ上がろうとしたところ、フローリアに少し休憩しましょう、と言われ、素直に席に着いたのだった。
先程レオもフローリアのことを師匠と呼んでいた。レオもノルン同様フローリアの弟子なのだろう。今のところ無愛想に見えるが、フローリアには従順なのだろうか、と頭の中でアトラスはそんなことを考えた。
フローリアは席に着くなり、ノルンがアトラスを助けたとはどういうことなのか、と興味を持って聞いた。そこでアトラスは簡潔にリアの街であったことをフローリアに話した。
「まぁ…。そんなことが…」
フローリアはアトラスが人間の男に悪戯をされたと聞くと悲しそうに眉を下げた。
「ノルンが魔法を解いてくれたおかげで俺は報酬を貰うことが出来たんだ」
「…ふふ。そうだったのね」
アトラスとフローリアの話にノルンはフローリアに聞かれたら少し答え、レオは黙って紅茶を飲んでいた。
しかし話の流れがひと段落着いたところでノルンは真っ直ぐとフローリアを見つめた。そして少し意を決したように…
「師匠」
と声を出したところで、ノルンの声は大きなノックの音にかき消されてしまった。
「あら」
「…僕が開けます」
「ありがとうレオ」
ノルンは何となくそのノックの音の大きさに誰が来たのか想像がついてしまった。
そしてくすくすと微笑むフローリアと対照的に少しため息をついたレオも同様のようだった。
そしてレオが扉を開けた瞬間…
「レオ!」
快活な声が響くのだった。
(…ん?この声は…)
玄関の方から聞こえてくる大きな声にアトラスは首を傾げた。
「…何しに来たの」
「ちょっと荷物を取りに来たんだ!」
レオと一緒にその人物が部屋に入ってくるなりアトラスはどこか呆れながらも嬉しそうに眉を下げた。
黒髪にレオより少し色素の薄いエメラルドの瞳。隣に並ぶレオと比べ背が高く体格もいい。
しかし筋骨隆々という訳ではなく程よい筋肉のついた引き締まった肉体。
快活に笑うその姿は見るからに人の良い好青年と言った感じだ。
服装は白のインナーの上に黒のジャケットを羽織っている。さらにその上には白のマントを靡かせている。マントには鷹の文様が刻まれている。そして黒のパンツをベルトでしめて足先にはブーツ。腰には剣を携えている。
「アラン」
「師匠!」
フローリアが優しく声をかけるとアランと呼ばれた男は眩しい笑顔で笑う。
そしてすぐ手前にいたノルンを見た瞬間ぱぁっと、まるで太陽の様に顔を明るくさせた。
そして…
「ノルン!!」
ガバッと勢いよくノルンに抱きついたのだった。
その様子をノルンの真後ろで猫目を大きく見開いたアトラスがぱちくり。
「アラン苦しいです」
「久しぶりだな!リアへ行っていたと聞いたが!」
「今帰ってきたところです」
「そうか!無事で何よりだ!!」
2人の対象的な様子をレオはいつもの事とでも言うように呆れて眺め、フローリアはニコニコと変わらず微笑んで眺めている。
「アラン。相変わらずね。でもお客様が来ているのだからもう少し静かにね」
微笑みながら優しくフローリアがアランにそう言うと、アランはぴたと動きを止めた。
「お客様?」
そして初めてノルンの後ろに目を向けた。
そこにはやれやれ、といった様子の少し呆れたアトラスがアランを見ているのだった。
アトラスはそんな顔をしながらもアランと目が合うとニッと笑って声をかけた。
「よ!久しぶりだな!」
「…アトラス?……アトラスか!!」
どうやら2人は顔見知りだったようだ。
これにはノルン、フローリア、レオが驚いた。
アランはアトラスに気づくなり、また眩しい笑顔で少し興奮したようにアトラスを見た。
「久しぶりだな!元気だったか!?」
「ははっ!あぁ。元気だ。お前は相変わらず元気そうだな」
「そうか!それは良かった!俺も元気だぞ!」
ノルンはアトラスとアランが話し始めた際にそっとアランの腕を抜け出すと、レオの隣に移動した。
何やら久しぶりの再会なのか、2人は話に花を咲かせていた。
「それよりアトラス。どうして此処に?お前はたしか…」
「まぁ色々な!今は気ままに大陸を旅してるんだ」
アトラスが少しアランの言葉を遮るようにして言う。
それに対してアランは違和感を覚えることも無く、そうか!、とまた弾けそうな笑みを浮かべるのだった。