57.平和な日々
それから数日アオイはフォーリオに滞在していた。
初め数日滞在しようかな、と零したアオイにノルンはソフィアの時と同様、自身の家に泊まっていくことを提案したのだが、たまたま居合わせたアランにとてつもない剣幕で止められてしまい、アオイは街の宿屋に泊まることとなった。
コンコンコン。
それからというもの毎日、ノルンの家にはノックの音が響くようになり、開けばアオイがその日の菓子を持参してその後共に休息を取る日々が続いた。
「あ、ノルンちゃん。こんにちは。今日はかぼちゃのタルトを作ってみたんだ」
「いつもありがとうございます。アオイさん」
かぼちゃはフォーリオの名産品であり、今日はそのかぼちゃを使ったタルトということだった。
実はかぼちゃはノルンの好物であったりもする。
ノルンの後ろからアトラスがひょっこりと顔を出す。
「お!よく来たな!今日はなんの菓子なんだ?」
「アトラス。お邪魔します。今日はかぼちゃのタルトだよ」
「おう。今日も美味そうだ」
アオイがノルンの家に足を踏み入れれば、そこは初めに訪れた時とは見違えるほど綺麗に片付いていた。
それこそ2回目に訪れた時は家の外で一分ほどまた待たされはしたものの、それからというものノルンは定期的に片付けを行っているらしかった。
お前のおかげだぜ、と以前アオイはアトラスに肩をぽんと叩かれた。
「アオイさん、今日はお昼はもう食べられましたか?」
「あ、今日はまだなんだ」
「でしたら昨日のあまりでも申し訳ないですが私達もこれからお昼なのでご一緒しませんか」
家にアオイを通すと、ノルンがアオイを振り返って伺う。
「え、でも、前も頂いちゃったし、それは…」
「せっかくだし一緒に食べようぜ!飯は人数が多い方がうまい」
申し訳なさそうに迷うアオイだったが、アトラスがそう言うとほっとしたように頷いた。
「うん、じゃあお願いします」
「はい。座って待っていてください」
アトラスとアオイをテーブルの椅子に促すとノルンは隣合っているキッチンへと向かった。
調理器具が、綺麗に棚の中に並べられていて、皿やカップも大きさごとに整列されている。
使い勝手の良さそうなキッチンで、ノルンは棚の中からバケットを取り出して、昨日の残りのスープを火にかけた。
薄くバケットを切って軽くこんがりと焼くと、サラダとスープと一緒に持っていく。
「わぁ、美味しそう。いつもごめんね、ノルンちゃん」
「いえ。美味しいお菓子を毎日頂いていますから」
「それは僕がしたくてしてるだけだから!…でも、ありがとう」
アオイの礼の言葉にノルンはほんの少し頬を緩めて頷いた。そして3人で手を合わせて「いただきます」と口にして少し遅めの昼食となった。
「そういえば、ここら辺って蛍が見れるのか?昨日フローリアに聞いてよ」
「はい。そろそろ見れる頃かもしれません」
昼食の途中ふと口にしたアトラスの言葉にアオイは少し驚いたあと繰り返す。
「え、蛍が見れるの?」
「はい。この季節になると森の中の水辺や、街の湖でも見ることができます」
「へぇ。そっかぁ」
どうやらアオイは蛍を見たことがないらしく、ノルンとアトラスの話に興味を示していた。
「なんなら今日見に行ってみるか?」
「え、いいの?」
「はい。もちろんです」
「ありがとう!楽しみだなぁ」
アトラスの言葉にノルンが同調すれば、アオイは嬉しそうに笑う。
何処がいいだろうか。樹木の中を悠然と漂う蛍も神秘的な雰囲気で素敵だが、やはりフォーリオに住んでいるのだから、あの大きな湖面に光り輝く蛍がいいだろうか。
そんなことを考えながら、ノルンはアオイとアトラスの話にいつも通り耳を傾けるのだった。
その後昼食を食べて少しした後、アオイの持参したかぼちゃタルトに舌鼓をうっては、ノルンはいつも通り魔法の勉強に勤しんだ。
アオイは何故かアランに稽古を付けてもらっているらしく、鷹に向かい、アトラスは夕食の食料調達に向かった。
最近では日が伸びて、外が薄らと暗くなり始める頃にはもう18時頃になっていた。
それから再びノルンの家に訪れたアオイと夕食を共にして穏やかな時間を過ごし、完全に空が夜の帳に覆われたあと、3人と一匹はそっと家を出てフォーリオの街の湖へと歩き出すのだった。




