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norn.  作者: 羽衣あかり
“騎士と少女”
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44.冬の帳

 手元に差し込む一筋の月明かりを目で追って窓の外を見る。雪は降っているのに、月の周りには薄い雲が漂っているだけで、月はその明かりを煌々と世界に放つ。


 ベッドの軋む音がする。

 ソフィアは呆然と、心ここに在らずと言ったような表情で、ゆっくりとベッドから抜け出すと立ち上がった。そしてその足でそっと一人、ノルンの家を出た。


 外に出ると冷えた外気が鼻から肺へと入って、一瞬でソフィアの身体の体温を下げた。

 はらはらと音もなく舞う雪。

 ノルンの家の前にはかすかに雪が積もっていた。

 そんな中を少し歩いてソフィアは木に囲まれながらも、少し開けた場所に出た。

 そこには周囲の木々と比べ物にならない程の大きな切り株があって、ソフィアは静かにそこに腰を下ろした。


 そっと視線を上にあげる。

 周囲を木々に囲まれるようにして、ぽっかりと空いた頭上には月が白く輝き雪が降り注ぐ。


 身体はどんどん体温を失って凍えるほどの寒さだというのにソフィアは身じろぎ一つしない。

 ただ、ぼぅっと空を眺めていた。


 そんな時カラン、という小さな音が聞こえた。

 その音に反応してソフィアが振り返る。

 そこにはランタンを抱えたノルンが居た。


「…ノルン…?何故…」

(ここに…)


 ソフィアが驚いたように目を見開く。


「…ソフィア様が家を出ていかれので」


 静かに出てきたつもりだったが起こしてしまっただろうか。それならば申し訳ないことをした。


「…すまない。起こしてしまったか」

「いいえ。ソフィア様。…それよりもお傍に行ってもいいでしょうか」


 ソフィアの言葉に首を緩く降ったノルンはそう言うと真っ直ぐソフィアを見つめた。


「…な……いや」


 驚いたソフィアが否定の言葉を口にしようとする。

 この様な寒さの中、そのような薄着でノルンを傍にいさせる訳には行かない、と言おうとしてふと自分の姿を思い出してそっと口を噤んだ。


(…少ししたら戻ろう。ノルンと共に)


 そしてそう考えて静かに頷くのだった。


「…あぁ。構わないよ」

「ありがとうございます。ソフィア様」


 ソフィアの言葉にノルンは頷くと静かにソフィアが座る切り株にやってきた。そして何故かソフィアとは背中合わせの背後に静かに腰をかけた。


 そしてランタンの蓋を開けると、ふっ、と小さく息をふきかけてランタンの火を消した。ほのか明かりも消えて二人の周囲は静寂と夜の帳に包まれた。

 二人を照らすのは頭上高くに輝く月と無数に瞬く星々だけだ。


 ノルンと二人の静寂は嫌なものでは無かった。

 何か無理に言葉を探そうともしなかった。

 自分より幼い、まだ少女と言える年齢のノルン。

 しかし彼女はどこか不思議なオーラを身に纏っていた。彼女の傍はひどく心地が良かった。


 静かにただ、ずっと。雪空を見上げる。


(…あぁ。此処はこんなにも星が美しいのか)


 そう言えば星の降る街と呼ばれるほど夜が美しい街に来たというのに、こうして夜に空を見上げたことはなかった。

 その美しさに思いを馳せて魅入られる。

 未だざわついていた胸が静かに落ち着きを取り戻していくようだった。


 背後のノルンと自分の息遣いだけが静寂な世界に時が止まっていないことを感じさせてくれた。

 そんな中ふと言葉を口にしたのはノルンだった。


「…ソフィア様」


 静かに、ノルンがソフィアの名を呼ぶ。

 その声にソフィアは耳を傾ける。


「…ソフィア様は…私と…アランと…レオを見て、仲がいいと、言ってくださいましたね」

「…あぁ」


 覚えている。そう口にしたあとのノルンがどこかぎこちなかったから。

 ノルンの声はどこかいつもの滑らかに発せられるものではなくて少しの緊張と苦しさを含んでいた。


「…ソフィア様。…私……わたし、は…」


 俯いているのかノルンの声が少しくぐもって聞こえる。何か言い難いことを伝えようとしてくれているのだろうか。ソフィアはただじっと静かに待つ。


「…私は、アランとレオの本当の家族では無いのです」


 ぽつり。それは小さく、けれどどこか諦めたように、悲しみを含んだ音で発せられた。

 ノルンの言葉に少しソフィアは目を見開いて小さく息を呑む。

 確かに言われてみれば、アランとレオがよく似ている容姿に対して、ノルンは違った。


「…そう、だったのか」

「…はい」


 驚きと同時にこんな時にうまく言葉が出てこない自分に嫌気がさす。気の利いた言葉のひとつも出てこない。


「…そのことを、気にしているのか?しかしそのことをアランは勿論だが…レオも気に留めてはいないだろう」


 静かに慎重にノルンを慮ってソフィアが言葉を選んで言う。

 もしそうであるならばそれは杞憂だ。

 アランは考慮する必要もなく答えはノーである。

 そして数日共にすごしただけだが、レオもまた不器用ながらノルンを心から大切に思っていることが伝わってきた。


 少しの沈黙が訪れる。

 もう一度ノルンが口を開いた。


「…ソフィア様。最近、魔物が活発化しているというのは…本当ですか」


 急に話が逸れたことに違和感を感じながらもソフィアは咎めることなく静かに頷いた。


「…あぁ。アランに聞いたのか?確かに最近ハルジアの各地で魔物の活発化が確認されている」

「…そう、ですか」


 魔物が活発化していることは事実だ。それによって今ハルジア各地の騎士団は魔物の討伐に駆り出されている。しかし何故今ノルンがその話を持ちかけてきたのかはわからない。


「…ソフィア様。魔物が活発化していることで、ハルジアでは最近“ヘレナの戦い”が再び起こるのではと噂されていることをご存知ですか…?」


 ノルンの言葉にソフィアははっとしてゆっくりとノルンを振り返る。ソフィアの視線に気づいたノルンがそっと顔を上げてソフィアと視線を合わせた。

 その綺麗な宝石の瞳は不安げに揺れて唇はきゅ、と心細そうに結ばれていた。



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