41.会議
その後ソフィアはノルンの家で一週間休息を取りつつ、騎士団にも顔を出し、これからの仕事の内容の把握にアランとの話し合いとなんだかんだ忙しい毎日を送っていた。
今日も今日とてソフィアは騎士団に赴き、アランに会いに来ていた。ここ数日二人が続けざまに話し合っているのはここら一帯の魔物の増幅、活発化についてだった。
「なぁ、ソフィア。本当に…しばらく休養を取らなくていいのか」
席に着くとふと、アランがどこかいつもの様に溌剌とした笑顔ではなくソフィアの顔色を伺うように言った。
その言葉に少し間が空く。
ソフィアはアランを見つめる。
その言葉の意図は恐らく。
(…父のことか)
それはアトラスにも言われたことだった。
国家騎士団幹部のソフィアの父の訃報はかなり離れているとはいえ、同じ騎士団である同士には既に広まっているようだった。
珍しく案じるような声色のアランが物珍しくふ、と息を漏らす。
「…あぁ。問題ない。すまないな」
(…心労をかけて)
続ける言葉は呑み込んだ。
ソフィアがそう言えばアランは何かを言いたそうにしながらも静かに口を閉じるとそうか、と言った。
「もし、何かあれば遠慮なく言ってくれ。俺に出来ることがあるのなら何でもする」
「…あぁ。ありがとう」
どこまでも無償に手を差し伸べる。
出会った時から何も変わらないアランに少し、罪悪感と同時に心が和んだ。
少しのしんみりとした空気からソフィアは話題を変えるように口を開く。
「…それにしても、お前がそこまでの傷を負うとは__」
ちらりとアランの片足に目をやる。
一見何ともない足だがその下には包帯が何重にも巻かれた足があった。
最初見せてもらった時に思わず顔を顰めた。
その痛々しい傷口に。
「はは。ついやってしまってな」
(…つい、じゃないだろう)
事の詳細は他の兵士に聞いていた。
アランは住民の声により、魔物討伐に向かったそうだ。しかしそこで思ったよりも強靭な魔物と出会い、咄嗟に危険になった仲間を庇った際に傷を負ってしまったということだった。
しかしそれを言わないのはアランの性格だろう。目の前の男をよく知るソフィアだからこそ、そのことは口に出さずに小さくため息を着くのだった。
「それよりも、ソフィア」
「ん?」
「ここ最近、やたら魔物の活動が盛んすぎる。数も以前とは比べ確実に増えているだろう」
突如真剣な瞳で目を合わせるアラン。
ソフィアも静かに頷いた。
「あぁ。だろうな。…ベルンでもそうだった」
「何…?」
訝しげに眉を寄せるアトラスにソフィアは口を開く。
「ベルン周辺でもここ最近、魔物による被害が増えていてな。その討伐に毎日毎日兵士が駆り出されている状況だ」
実際フォーリオへ来る前のソフィアは各地の被害状況とそれぞれの早急度合い、魔物の種類などの確認、書類整理に追われていた。
「…そんなことが。つまり、今ハルジア全土で魔物が活動を活発化しているということなのか?」
「…恐らく。詳しく詳細を聞いたわけでは無いが、そのようだ」
「…そうか」
難しい顔をして眉をひそめたアランが目線を下げる。
魔物が活動を活発化している。これは放っておけることではない。しかし原因も分からない。
前線に立つソフィア達に出来ることは目の前の被害を抑えることだった。
その後ソフィアとアランは地図を間に魔物討伐作戦の計画を練るのだった。
案外早くアランとの話し合いが終わり、ソフィアは騎士団宿舎を出た。門番に挨拶をされ、一声かけてからノルンの家へと向かう。
まだ時刻は13時頃で、今日は晴れ間も見えている。
すっかり慣れた宿舎からノルンの家までの道。
ある程度離れてはいるもののソフィアにとってこれくらいはどうということもない。
しばらく歩いてノルンの家が見えてきた頃、誰かの話す声が聞こえてきた。
どうやらノルンの家の方からだった。
近づいてみればノルンの家の前でノルンと見知らぬ人物が話していた。
「だから、お前今誰か家に泊めてるんだろ?」
声のトーンや後ろ姿からしてどうやらノルンと同年代か少し上くらいの青年だった。
(間が悪かったか)
そう思い一度足を止め、引き返そうとした時だった。
「だから…!ソフィアとかいう女騎士のことだッ」
思わず聞こえてきた自分の名に足を止めてしまう。
「…そうだとしたら何でしょうか」
ノルンの声が聞こえる。
それはいつもの抑揚のない声に聞こえるが、どこか緊張している様な硬い声だった。
「本当なんだな?なら、今すぐ追い出せ」
突如聞こえてきた低く鋭い声。
ソフィアは思わず木の影に身を隠した。
「…何故ですか」
ノルンの少し怪訝な声が言う。
しかし次の瞬間青年から発される言葉にソフィアは息を止めることとなる。
青年は憤っているのか興奮したようにまくし立てた。
「お前、知らないのか?あいつは自分の父親だった鷹の総長を見殺しにした女なんだぞ…!?」
ドクン、と低く、大きくソフィアの鼓動が音を立てた。
ひゅ、と息が止まり、思考が停止する。
___何故。どうして。
(…あの青年がそのことを…)
ソフィアの瞳が見開かれその瞳は動揺に揺れる。
規則正しい呼吸が出来ない。
何故、その事を___。
ひどく胸が締め付けられる。
___ノルンに、知られてしまった。
その言葉が頭をよぎった瞬間、ひどい絶望感に苛まれる。
どうしていいか分からない。
とにかく今すぐにでもこの場を離れたいのに足は動かない。
___ノルンの返事を聞きたくない。
(…聞きたくない?…どうして…)
思わずよぎった自分の思考に立ち止まる。
何故私はノルンにこの話が伝わったことを恐れているのか。
しかし今それに自答できる思考の余地も余裕もなかった。
とにかく今すぐにこの場から去りたいのに自分の思いとは裏腹に足は凍ったように地面に固定されて動けなかった。
「…何故そのようなことを知っているのですか」
訝しげにノルンが問う。
「鷹の奴に聞いたんだ。その女は冷酷無慈悲で温情の欠けらも無い鉄の女だって」
(…冷酷無慈悲の…鉄の女)
聞きたくもないのに青年の声はクリアに脳に入ってきて。
ここに来てから感じることがなかった虚無感と酷い自責の念に首をじわじわと締められているような感覚に陥る。
「その証拠にその女は実の父親の葬儀から一日も経たずして仕事しているらしい。悲しいとか辛いとかそういう感情がないんだよ」
「……………」
ノルンは口を開かない。
何故だかは、わからない。
恐い。ソフィアは今恐れを抱いていた。
___どうしてか、なんてわからない。…わからない、けれど。
(…ノルンにだけは聞かれたく、なかった、)
木の影に隠れるようにして、自身の身体を押さえつけるように強く腕をだく。ギリギリと爪がたてられる。
腕の中に顔を埋めるソフィアはひどく苦しげに顔を歪められていた。
 




