36.寝床探し
門番で見張りをしていた人が良さそうな男が一人。ノルンを見つけると朗らかな笑顔で歩み寄ってきた。
「やぁノルンちゃん。久しぶりだね。それにアトラスも。ところで隊長ならここにはいないんだ。街か家に居るんじゃないかなぁ。まぁノルンちゃんが呼べば飛んできそうではあるけれどね」
「お久しぶりです。そうですか。すれ違いになってしまいました」
聞こえてきた見張りとノルンの会話に思わず目を見張る。
「驚いた。ノルン、君の知り合いの騎士というのはここの隊長のことだったのか」
「はい。ここの隊長のアランならよく知っています」
ノルンがソフィアを振り帰り頷くと、見張りの男がノルンの物言いに首を傾げる。
「知っているも何も隊長は君のお兄さんじゃないか」
「…ふっ」
「…ん?アラン?」
そこで一呼吸おいてソフィアは会話の中で出てきた名前に思わず眉を寄せた。
アトラスは笑いをこらえる様に帽子を目深に被る。
「ところでこちらの方は?」
門番の視線が優しくソフィアに注がれる。
ソフィアは一度思考を中断して視線を返す。
「こちらはソフィア様です。これからフォーリオの騎士団に加わってくださるそうです」
街を歩いてきた時と同様。ノルンがソフィアの紹介をする。すると門番の男は急に目を見開いて急いで敬礼をした。
「なんと…!貴方様が!そうでしたか!これは大変失礼致しました。貴方が隊長の代わりを務めてくださるソフィア様ですね。もう到着されていたとは…。申し訳ありません、派遣は一週間後と伺っていましたので」
焦って動揺したように額に汗をうかべてまくしたてる男。そんな男にソフィアは小さく首を横に振った。
「いや、いい。そう畏まるな。私が勝手に早く来ただけだ。街の様子を少し知っておきたいと思ってな」
男に向かってそう言えば、門番の男はそうでしたか、と言って胸をなでおろした。
「…ソフィア様はここの隊長の代わりを務めるためにいらっしゃったのですか」
「あぁ。そうだよ」
門番の言葉にノルンが納得したように頷いていた。
「それで隊長にも会いたかったのだが、どうやら留守のようだな」
宿舎に空き部屋があるかを確認したかったのだが、生憎タイミングが悪かったようだ。
「はい。申し訳ありません。そう遅くならないうちに戻ってくるとは思うのですが」
申し訳なさそうにそう口にする門番に首を振る。
「ノルン。呼んでみるか?あいつなら来るだろ」
「……………」
ソフィアと門番が話す横でそんな会話が聞こえてくる。先程門番にも言われていたがノルンの兄というのはどんな人物なのだろうか。ノルンが呼べば走ってくるとでも思われているのか。
しかしノルン本人は真顔のままどこか遠くを見つめていた。
「いや、構わない。こちらも約束を取り付けていなかったからな」
もともと派遣自体は先程も言われた通り1週間後だ。
騎士団に缶詰め状態だったソフィアに休養するなり観光するなりしろ、とソフィアの上司が1週間ほど余裕を持って予定を組んだのだ。
けれどそう言われても結局休養に1週間はいらないし、むしろそんな長時間休むことに慣れておらず、何をしていいか分からない。観光にしても一人で観光するのもなんだか気が引ける。
ということで結局フォーリオへ早入りして挨拶を済ますなり、状況を見ておこうと思った次第だ。
「ところでここの兵舎には部屋が余っていると聞いたが、私の部屋はあるだろうか」
とりあえず隊長でなくともいい。部屋の空きの確認がしたいと思い、そう聞くと門番の男はハッとした顔になったあと申し訳なさそうに、どこか居心地悪そうに眉を下げた。
「…申し訳ありませんソフィア様。あるにはあるのですが…こちらに到着されるのは一週間後と認識しておりまして、まだ掃除が…」
歯切れが悪そうにそしてどこかビクビクとしながら答える門番。ソフィアはそれ程高い地位の者なのだろうか、とノルンが考えている横でソフィアはあっさり頷いた。
「構わない。その部屋を借りてもいいだろうか」
その答えに門番はとても驚いたようだった。
元々丸い目をさらにまん丸にしている。
「え…!?いや…!それは構わないのですが…。いえ…!本当に汚いと言いますか…」
「構わないよ」
「…いっいや!やはり駄目であります!上官の方をお迎えするのにあの様な部屋を使わせるのは!!」
「どれほど汚いのですか」
あまりに門番が渋っているので横で聞いていたノルンが首を傾げながら聞いた。
「………」
門番の男が下を向く。
「…巨大タランチュラが住み着くぐらいには」
「…まじかよ。ほっときすぎだろ」
「…………」
一同静まり返った。
門番が気まずそうに視線を逸らす。
「…元の兵士が使っていた状態から約三年ほどが経っておりまして…。ええ…はい…」
「…その間触っていないのですか」
「…はい」
「………そうか」
「おいおい」
今度はソフィアが少し口ごもる番だった。
アトラスは大いに呆れているようだ。
「…そうか。どうしたものか」
タランチュラか。討伐して掃除すれば今日の寝床は確保できるだろうか。いや、さすがに蜘蛛の糸が張り巡らされているであろう場所で眠るのなら野宿でもいいが。いや、しかし。
「…いや。自分の部屋だ。私がやろう」
そう言えば門番の男は小さく叫んで、首が取れてしまうのではないかと言うほど首を横に振った。
「…なッ…ななななッ……!?おっ…お待ちください!そこまでしていただく訳にはいきませんっ…!必ずや、僕たちが責任を持ち片付けますのでッ…!!」
「…いや、だが」
早口で捲したてる門番に少し気圧される。
そこで隣で話を聞いていたノルンが口を開いた。
「…分かりました。それではタランチュラはアランに任せて、アランの部屋をソフィア様のお部屋にしましょう」
「…ノルン…お前…すごいこと言うなぁ」
またもや一同は静まり返る。
アトラスは呆れた様子でノルンを見る。
表情をピクリとも変えず言ってのけるノルンはどうやら本気らしい。
このままではその隊長が巨大タランチュラの元に移動させられそうだ。
(…それにしても、アランとは…。偶然か…?)
いや、今はいい。それより部屋だ。
まぁ宿屋に泊まればいい。
ソフィアは結局そう結論づけると門番の男に向き直った。
「いや、こちらも急に来て悪かったな。すまないが頼む」
「はっ!」
門番の男がビクビクしていた様子からソフィアの言葉に驚き、感動したように今度は丸い目を潤ませながら敬礼をした時だった。
 




