34.昼食
挨拶をしてスプーンですくったクリームシチューはトロリとしていて野菜と鳥の旨味が凝縮されていてとても美味しかった。もう雪は降っていないのに氷った手足から身体の内側までじんわりと温めてくれるようだった。
「…おいしい」
「だろ?」
「…ふ。だからなぜお前が言うんだ」
素直にもれた言葉。
誰かの手料理を食べたのはいつぶりだろうか。
こんなに美味しいものを食べたのは。
思わず暖かい食卓に気が抜ける。
ソフィアの言葉にソフィアが食べるのを見守っていたノルンは少し安心したように口元を緩ませた。そして自らもシチューに手を伸ばした。アトラスは満足そうにシチューを頬張っている。
パチパチパチと暖炉の火が燃える音を聴きながら、窓から差し込む昨夜の銀世界を照らす暖かな光に包まれながら3人は食事をした。
しばらくシチューを堪能したあとでソフィアは思い出したように口を開いた。
「そういえば、先程の話に戻るが、ノルンは魔法を使えるのか?」
魔法。それは魔力を使ってこの世に何らかの現象を起こすことを指す。日常生活に使うものから戦いの中で使うもの、また治癒に使うものなど様々である。身近なところで言えば火を起こしたり、物を直したり。非日常的に言えば空を飛んだり。まぁ様々なのである。
しかしその存在は数十年前に比べるとかなり減少した。言わずもがな数年前に起こった魔法使い狩りの影響である。魔法使いどころか多くの村が消失し、多くの死者が出た。
そんなわけで今の世で魔法を使う者は、魔法使いと言うだけで尊敬の念で見られることもある。
質問にノルンは小さく頷く。
「はい。ですが、私は全然…」
「ん?いやいや、ノルンは強いぜ?ここら辺の魔物なんか目じゃない」
「…!そうか」
肯定しながらも謙遜するように答えたノルンに首を傾げたアトラスが曇りの無い目で訂正する。
アトラスがそこまで評価しているということにソフィアは驚いていた。
副隊長をも任されたアトラスの実力はもちろん知っている。そんなアトラスがここら一帯の魔物が目では無いというふうに言ってのけたのだ。
(アトラスが認めるほど腕がたつというわけか)
アトラスの評価にノルンはどこか不満があるように綺麗な顔に眉を少し寄せていたが。アトラスは分かっていないというように首を傾げている。
アトラスはすっかりここの暮らし、そしてノルンに馴染んでいるようだった。
何気ない話をして食事をし、会話が一度途切れたところでソフィアは静かに口を開いた。
「このシチューを食べたら私はお暇させてもらおうと思う。もちろん礼は払おう。今は手持ちがそんなに無いのでもし足りなければまた後日届けよう」
大真面目な顔でいうソフィアに今度はノルンが驚いたように顔を上げてその直後フルフルと首を振った。
少しも変化することの無い真顔のノルンだが、何度も首を振るのでどうやら焦っているようだった。
「いえ、お礼など…私が勝手にしたことです。ソフィア様が元気になって下さったのなら何もいりません」
ノルンもまた大真面目な顔で返す。
その返事にソフィアもまた眉を寄せる。
「いや、命を救ってもらったというのにそういうわけには…」
「いえ、本当に大丈夫です。…それよりソフィア様、お住まいは決めておられますか?もしソフィア様がまだお住いを決めていらっしゃらないのでしたらお住いが決まるまでここでゆっくりしていかれて下さい。部屋はたくさんありますから」
「……」
たった今、礼をどうしようか、と悩んでいたソフィアはノルンの言葉に少しぽかんとして拍子抜けしていた。
「ふっ」
目を瞬いて呆気にとられているソフィアを見てアトラスはにまにまと生意気に笑っている。アトラスの堪えきれないというように笑い声が小さく零れる。
住まいがないという訳では無い。
ここのフォーリオにも兵が休む兵舎があると聞いていた。空きもあると聞いていたため、自分はそこで寝泊まりするつもりだったのだ。
優しい子なのだろう。
率直にソフィアはそう思った。
自分を助け、食事を提供し、さらに寝床の心配までしてくれる。
そんな少女を前に初対面だと言うのに自然と気が緩んでしまう。
そもそも騎士団以外の人間と話したこと自体久しぶりだった。騎士団ではどうしても仕事の話になってしまう。気を使わず、気を使われず、そんな関係で話せる人物はここにいるアトラスを含め、片手で足りる程しかいなかった。
代々続く騎士の家系ということもあって名が知られていたソフィアの家名ではどうしても騎士団に入った時から一歩周りから距離を引かれていた。
そんな環境で生活をしてきたソフィアにとって今の状況は不慣れで、それでいて暖かかった。
表情を和らげてノルンを見るソフィアにノルンは表情を変えることなく、不思議そうに見ている。
「すまない。なんでもない。ありがとう。しかし本当に大丈夫だ。兵舎に行ってみようと思う。もし兵舎が空いてなかったらしばらくの間は宿屋にでも泊まろうと思う。この街に宿屋はあるだろうか?」
フォーリオは山の奥とはいえそこそこの大きさを持った街である。街、というからには市場もあり、服屋、食事処、宿屋、萬屋などももちろん設備されている。
「はい。どちらに行くにしても私の家は街のはずれにあるので少し歩かなければなりませんが…」
「大丈夫だ。問題ない」
「分かりました。でしたら私もご一緒してよろしいですか。午後に街におりる用があるのです。それにフォーリオの騎士に知り合いがおります。丁度会うことが出来たらご紹介出来ると思います」
「そうか。それは助かる。本当に何から何まで感謝する」
ソフィアが礼を告げればノルンは少しだけ居心地の悪そうな顔をした。そして少し悩んだ挙句小さくこくりと頷いたのだった。
「…ふむ。なるほど。よし!俺も行くぜ!」
ノルンが頷いたあと何やらふむふむと成り行きを見守っていたアトラスがどこか面白そうに笑って椅子から飛び降りた。
何か企んでいるな、と思い、ソフィアは小さくため息をこぼす。
「では3人で行きましょうか」
しかしこの状況で着いてくるな、と言えるはずもなく、ノルンの言葉に頷くのだった。
 




