32.恩人と戦友
父親の射抜くような目に心臓を貫かれたように感じたその瞬間ソフィアはハッと目を覚ました。
汗ばんでいる肌。少し早くなった鼓動。少し荒い吐息。
やはり昨日雪が降ったせいだろうか。昔の記憶を思い出すのは。そう考えてソフィアは自分を落ち着かせるようにもう一度目を閉じて深く息を吸った。
心を落着けようと深呼吸をすると、ふと耳に子鳥のさえずりが聞こえた。
そこでふと思う。
そういえば昨日自分はどうしただろうか。
(…フォーリオへ向かっていた。…それで…)
思い出せない。吹雪の中を歩いていた所までは覚えているがその後の記憶が無い。
驚いて体を起こし当たりを見渡すとそこは全く知らない場所だった。綺麗に整理された空間。誰かの家だろうか。自分はとても柔らかい布団の上にこれまた柔らかいふわふわの太陽の匂いがする毛布を被っていた。
鎧もつけていない。腰に着けていた剣もない。
しかしそれはすぐに見つけることが出来た。ソフィアが寝ているベッドの横に綺麗に全てソフィアの持ち物がおかれていた。知らない場所で丸腰というのは騎士のソフィアにとって不安そのものであった。無意識のうちにソフィアが自らの剣を取ろうと手を伸ばした時だった。
奥の部屋の方から何か気配がした。
ここの住人だろうか。今の状況から考えれば昨晩自分を助けここまで運んでくれた人物だろう。しかしそれでも見ず知らずの場所で知らない人物にソフィアは警戒をする。
しかし出てきたのは…
「…目が覚めましたか」
想像よりもずっと幼い少女だった。
少女は一瞬上半身を起こしていた自分に驚いたように僅かに目を見開いたが、すぐにその表情は笑顔も何も無い無機質なものに戻った。
想像だにしていなかった人物には驚く。そしてその瞬間、警戒という文字が一瞬薄れる。いや、少女だからといって気を抜いていい訳では無いが、この時は驚きも相まって警戒心が薄れてしまった。剣を取ろうとしていた手もゆっくり膝の上に落ちる。
「…お身体はどうですか。痛む箇所はありませんか?」
少女はソフィアの元まで近づいてくると落ち着いた声で聞いた。
見るからにまだ女性と呼ぶには早い容姿。
しかし子供とも言えない少女はまだ十代前半頃だろうか。それでも少女は年に見合わないほどとても落ち着きはらっていた。
少女に言われ、軽く手を握ってみたり、自らの身体に意識を向けてみた。特に痛いところなどはなかった。
「いや、大丈夫だ。それよりここは何処だろうか。それに…」
そう言って少女を見る。
柔らかそうなウェーブがかかったホワイトブロンドの髪をおろし白いシャツにスカートを履いたとても容姿が整っている少女を。
少女はソフィアの言いたいことを察したように薄い淡い桃色の小さな唇を開いた。
「ここはフォーリオの街にある私の家です。昨晩のことを覚えていらっしゃいますか。私は昨日街の外に行っていたのですが、その帰りに雪の中に倒れる貴方様を見つけて勝手ながらここまでお連れしました」
自分より大分幼く見えるのにとても丁寧な言葉を使う少女に感心しながらも、少女の言葉にやはり自分は昨晩あのまま倒れてしまったのだと知る。
そしてこの少女が自分を助けてくれた。とても不甲斐ない。騎士として恥すべき行いだ。思わずため息が溢れそうになる。
けれどまず、それよりも先に。
「そうか。では私は君に命を救われたのだな。騎士として情けないが…すまない。君の名を聞いてもいいか。…いや、まずは自ら名乗るのが礼儀だな。私はソフィア・エヴァンズ。この度フォーリオの騎士団に派遣された者だ。本当に命を救ってくれてありがとう」
命の恩人である少女に礼を述べるのが先だろう。
ソフィアはそう告げると座ったままではあるが礼儀正しく頭を下げた。
ソフィアが顔を上げれば少女は静かに首を横に振る。
「…いいえ。そこまでのことはしていません。お名前は存じております。ソフィア様。…私は、ノルンと申します」
そう言うと少女、いやノルンは小さく頭を下げた。
そこでノルンの言葉に思わずソフィアは首を傾げた。
「…私の名を…?」
怪訝そうな顔をしたソフィアにノルンは頷く。
しかしその直後、その理由はすぐに判明した。
ノルンが口を開こうとした瞬間、ノルンの家の玄関が開く音がした。
そしてそこに居た人物にソフィアは思わず目を見張ることとなるのだった。
「戻ったぜ〜。ノルン、ソフィアは目ぇ覚めたか?」
「はい。今起きられました」
そこに居たのは半年と少し前まで同じ騎士団で仕事を共にしていたウール族の騎士、アトラスだった。
「お!目覚めたか!」
人懐っこいまん丸な瞳をソフィアに向けて嬉しそうに笑うアトラスとは対照的にソフィアは口を少し開けたまま固まっていた。
「…な…何故お前がここにいる…」
アトラスは同じ国家騎士団として任を共にしていた仲間だった。しかし半年と少しほど前、急にアトラスが少しの間行方不明になり、帰ってきたと思ったら嬉々として辞表をつきつけて、騎士団をやめて行った。
ソフィアはその時騎士団本部には居らず、遠征に出ていたためにアトラスが国家騎士団を辞めたと聞いたのはその数日後だった。
そんなかつての仲間が、今目の前にいる。
そして何事も無かったようにその笑顔をソフィアに向ける。ソフィアは何事にも動じず、冷静に判断が出来る人物だが、今は珍しく困惑していた。
「ん?あ、そうか!ソフィアには結局会えてなかったからな!」
「…アトラス…お前、騎士団をやめたって…」
「あぁ!辞めたぜ!」
「じゃあ何故ここにいる…?」
困惑しながらそう言えばアトラスは一瞬きょとんとしたあと、いつも通りの笑顔で楽しそうに笑うのだった。
「俺はノルンの騎士になったからな」
「………何だと?」
アトラスの言葉に、アトラスとは対照的にソフィアは怪訝な顔をする。
そんな二人をノルンは傍で静かに見守っていた。




