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norn.  作者: 羽衣あかり
“騎士と少女”
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30.女騎士

 一歩踏み出すごとに足が白い地面に埋まる。

 ふくらはぎの辺りまで沈んだ足を引き上げてもう一度踏み出す。

 足を動かす度に気を遠のかせるような地面をふみしめる音が耳に響く。


 辺りは暗く、空からは先程まで止んでいた白い綿がまた舞い降りてきていた。そして歩いているうちにそれは激しさを持ち辺りを銀世界に染め上げた。


 辺り一面の白い景色の中を歩いていた人物は全身を銀の鎧で覆っていた。普段は身を守るためのそれも身体から温度を奪っていく。次第に、気は重くなり目的地まで歩く足を止めてしまいそうになる。


 しかし足を止めたところで時刻は夜の十時頃。人通りもほとんどないどころか、辺りには人一人もいない。雪が激しさを増してきたこともあり、みな家の中に籠っているのだろう。


 冷たい息が兜の中で繰り返される。重い鉄でできたそれの中で寒さと息苦しさにより、いつもより短く呼吸が繰り返される。こんなことでは騎士失格だ。


 雪の中を重たい鎧をガチャガチャと鳴らして一人で歩いていた人物は一度足を止めた。

 そして短い吐息を繰り返しながら、頭の兜に手をかけた。


 重そうに持ち上げられたそこからさらりとこぼれ落ちたのは空から舞うそれと同じように美しい銀だった。

 頭を上げた人物が前を見据えると、そこにはとても美しく、どこか凛々しい顔の女性がいた。


 彼女の名前はソフィア・エヴァンズ。国を守る国家騎士団の騎士である。そんな彼女がどうして夜道にこんな吹雪の中、山道を歩いているのか。ことは数週間前に遡る。


 この国の首都であるベルン、またの名を花衣の街。美しい古い街並みと、中心部にそびえ立つ桜の巨木が織り成す風景は幻想的でとても美しい。


 そんな活気ある街で騎士としての日々を送っていたソフィア。若いながらも真面目で勤勉。賢く強い女騎士。それがソフィアだった。今年の春には国家騎士団の第1部隊に配属されるほどであった。


 しかしある秋の日。少しずつ肌寒くなり始め、街の木々が色付いて来た頃にソフィアは上司に呼び出された。

 そこで告げられた言葉にソフィアは一瞬固まってしまった。


「今、なんと申されましたでしょうか」

「ふむ。君の功績に免じて君を国の南西に位置するフォーリオの部隊長に配属したいと考えている」


 ソフィアは予想だにしていなかった上司の言葉に言葉が出なかった。自分は生まれ育ったこの場所で騎士としての日々を送り、市民を守るものだと思っていた。これからもこの場所で魔物や悪事を働くものを成敗し、この国のために尽くすものだと。


 しかし第1部隊に配属されて数年の秋。フォーリオに配属したいと言われた。それも部隊長。こんなにすぐに他の地に配属されるとは思っていなかった。いや、フォーリオに行きたくないという訳では無い。必ずしも首都で功績を挙げ続けたかった訳でもない。


 ただ、生まれ育った地をいきなり離れるということと、突然の部隊長という言葉に頭の整理がつかず戸惑っていたのだ。


「どうした。フォーリオに配属されるのは不本意かな」


 ソフィアの上司である人物はある一室の机の上に腰をかけ手をついていた。口元にニヒルな笑みが浮かぶ。美しい顔立ちをしているその人物もまた女性であり、騎士であった。


「…いえ。私はご命令に従うだけですので」


 少しの沈黙の後、ソフィアがそう言うと上司は目元を細めてクスリと笑った。


「不服そうだな。だが、安心していい。配属と言っても期限付きだ。フォーリオの部隊長であった男が怪我をしてな。君にはその男の怪我が治るまで騎士団の指揮を頼みたいだけだからな」

「そうでしたか」


 少しだけ安堵の息を漏らす。思ったよりも短期間なのかもしれない。それにしても先に言って欲しかった、と思いながらソフィアは少しため息をついた。このひとはこういう人だった、と。


 そもそも今日呼び出されたことにも驚いたくらいだ。いつ、戻ってきていたのか、と。上司である彼女は自由奔放でこの国の国家騎士団の第一部隊隊長にも関わらず、いつもふらりと消えてはいなくなる。そのため騎士団の指揮は副部隊長にほぼ任せ切りである。


 けれどそんな彼女だが信頼は厚く、現にソフィアも彼女に呆れることは多くありながらも彼女の命令ならば、とどんな命令でも首を横に振ることは無いだろう。上官の命令は絶対だとしても、彼女のすることには意味がある、そう思えるのだ。



 ◇◇◇



 そんな話を交わしてから数ヶ月が経ち、雪が大地を銀世界に染め上げる季節となった今、ソフィアは命令通りフォーリオへと向かっているのだった。


 それにしても油断していた。

 こんなに雪が降るとは。


 もともとフォーリオへは日が暮れる前には着いている予定だった。しかしここへ来る途中で通った草原で迷子になっている子供をみつけ、子供を家に送っていたために、遅くなってしまったのだった。


「…はぁ……はぁ……」


 短く繰り返される吐息。

 するとガチャガチャとなっていた音が止んだ。

 ソフィアは足を止めてぼうっと空を見た。

 空は灰色で今日は美しい月すら見えない。


 雪の日は父を思い出させる。

 雪は嫌いじゃない。自分の髪みたいに綺麗だと父が褒めてくれたから。嫌いじゃない。

 でも、父を失った日が雪だったから…。

 どうしても、どうしても…、綺麗な思い出と共に切ない気持ちが溢れてやまない。


 ___ソフィア。見てみろ。雪だ。綺麗だなぁ。お前の髪と一緒だ。


 今でも、幼い頃に言われた優しい父の言葉が切なく、幾度となく蘇るのだ。


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