2.出会い
その人物はカウンターに腕を組んで乗り上げている状態で宙に浮いた足が少し揺れている。
幅広のハット帽を被り、帽子には鳥の羽根が一本。
白と黒を基調としたシャツ。
腰には赤いスカーフを巻いている。またホルダーを携えており両腰には拳銃を2丁所持している。
足元には黒のブーツ。
そして何より特徴的なのは彼が豊かなふさふさとした体毛を持っているということだった。
彼は毛のある動物族だった。
濃い藍色と部分的に白い体毛。くりっとした大きな瞳は金色に輝いていた。
「なぁ。どうしてなんだ?たしかに俺は依頼通りリアの森で魔物を討伐したんだ」
「ふ〜む。すまんな。こちらのバングルの不具合かもしれん。…しかしお主には悪いが、依頼達成の確認が出来ないとなると…報酬を渡すことはできないんじゃ」
「…まじかぁ。ちゃんと倒したあとはゴールドだったんだけどなぁ」
「…少し待ってておくれ。魔法をかけ直してみよう」
どうやらギルドのバングルの故障により、ウール族である彼は報酬を受け取れなくて困っているようだった。
ギルドのシステムは至ってシンプルである。
依頼を受けた者が依頼書を持ってカウンターで受付をする。すると受付の人が依頼内容と連動したバングルを手渡す。シルバーのバングルが依頼を達成するとハングルにかけられた魔法が発動し、バングルはゴールドへと変わる。
それをまたギルドへ持ち帰ることで以来達成となり、依頼主がギルドに預けた報酬を受け取ることが出来る。
仮面を付けたままノルンが受付のカウンターに目をやる。そこにはシルバー、ゴールドどころかブロンズに鈍く輝くバングルが置かれているのだった。
しかしギルドの受付の中年の髭をたっぷりと蓄えた男が新たに魔法をかけ直してもバングルはブロンドのまま変化することは無い。
すっかり店主が困り果てていた時だった。
「おいおい。本当に依頼を達成したのかァ?」
店内のテーブルに座り、休憩を取っていた2人組の若い男のうちの一人が言った。動きやすそうなシャツとズボン。しかしマントを羽織って、腰には剣を装備しているところを見ると彼らも冒険者らしい。
そしてその顔は受付に向けられている。
「…ん?俺に言ってんのか?」
「はっはっは!そうさ!お前本当は魔物を倒してなんかいないんだろ?」
「…はぁ?」
「あ〜なるほど。報酬目当てで店主を騙そうとしてるって訳か。タチが悪ぃ」
下卑た笑みを浮かべた男たちはウール族につっかかる。ウール族はカウンターから降りて着地すると真っ直ぐ男たちを見返した。
男達は嫌な笑いを口元に浮かべる。
ウール族は数秒の間それを見つめると、何を言い返すでもなく店主に向き直った。
「…わかったよ。おっさん。この件はなしだ。報酬はいらねぇ」
「いや、待ってくれ。もう少し魔法をかけ直してみよう」
「いや、いいんだ」
店主が何とか手立てを考えようとするとウール族は首を振る。
「ははっ!ほらな!やっぱり討伐なんて出来るわけねぇんだ!」
「そりゃあそうだ!お前みたいな猫がどうやってディーグルを倒すんだ!」
ディーグル。その名を聞いて事を見ていたノルンはその魔物の姿を思い浮かべた。鋭い牙をもち、俊敏性の高い虎によく似た魔物である。攻撃力が高く、体長は3m程ある。
どうやら男2人組はウール族に何かしら思うところがあるようだった。
あまり問題に首を突っ込み、目立つことは避けたい。
しかしたまたま居合わせたとはいえ、見ていて気分の良いものではない。
無口で無表情で無感情。そう言われるノルンだが、本当の彼女の心根は違う。
ノルンはコツコツと受付のカウンターに近づいた。
驚く店主とウール族を差し置いてノルンは仮面の奥からバングルを間近に見る。
「あんた…ちょっと待ってくれ。今他のお客さんを…」
「いや。いいんだ。あんた、冒険者か?待たせて悪かったな!」
戸惑う店主とノルンの方を見て二カッと気持ちよく笑うウール族。ノルンは一度ウール族の彼の方を見たあと、そっとバングルの上に手をかざした。
「元の姿に戻れ」
「!」
突然現れてそう呟いた人物に店主とウール族が驚いたように目を見開く。
ノルンがそう唱えた瞬間バングルはポゥと光出した。そして光が収まるとそこにはゴールドに輝くバングルが置かれていた。
「なんと!バングルが…あんた、今何をしたんだ?」
目を見開いた店主にそう聞かれノルンは淡々と答える。その時のノルンの声は何故か普段のノルンの声よりもずっと低く、まるで男の声のようだった。
「バングルに不具合が起こっていたようなので元の姿に戻るよう、魔法をかけました」
「そうだったのか。ありがとう。助かったよ」
店主の言葉にノルンは首を左右に緩く振る。
そして何事も無かったかのようにくるりと後ろを向いて店の扉に向かって歩き出した。
一度、先程嘲笑していた男たちに一瞥をくれてから。
「あ…おい!あんた!」
「悪かったね。待っててくれ。今報酬を持ってくる。ディーグルの報酬だ。かなり良い報酬だろう」
「あ…あぁ」
後ろで呼び止められた気がしたものの、ノルンは構うことなくギルドを出た。
その際男2人組は何処か面白くないというようにノルンが去った後で舌打ちをしていた。