28.“白狼と少女”前日譚
数年前__。
ヘレナの戦いと呼ばれる大戦が大陸で巻き起こった。
ある集団によって、大陸中が戦場となり、いくつもの村や街が消え去った。
その者たちの目的は魔法使いの魔力狩りであった。
大陸中の魔法使いが、対象となり多くの者が魔力を奪われた。身を隠す者も入れば、勇敢に立ち向かう者もいた。
特に狙われたのは魔力が強い魔法使いだった。
彼らが何故魔力を集めているのかは誰も知る由はない。
しかしその大戦によって多くの者が命を落とし、甚大なる被害が出たは確かだった。
そしてその大戦の最中のある日の星が降り注ぐ夜。
一人の女性が馬に乗って森を駆け抜けていた。
腕には幼い子どもと小さな狼を抱き抱えて。
あるところまで進むと、女性は子どもと狼を木に寄りかからせるように座らせた。
そして女性は子どもに何かを呟くと、すぐ馬に乗ってまた来た道を戻って行った。
しばらく子どもと狼は、仲睦まじくじゃれるようにして遊んでいた。
しかしその後、子どもに彗星がふりそそいだかと思うと、女性が少ししてから駆けつけ、眠る子どもを見て頬を濡らした。
女性は未だ淡い光を放つ子どもの胸にそっと両手をかざすようにすると何かを唱える。
その瞬間魔法陣が子どもを囲うようにして地面に浮び上がる。
魔法陣が消えた頃には子どもから淡い光は消え去り、すやすやと寝息を立てていた。
その様子を子どもと女性の傍でたった1匹の狼が見ていた。そして女性は幼子の頬を名残惜しそうにそっと一度撫でると、視線を狼に向けた。
「ブラン。ここを真っ直ぐ行けば、もうすぐ街に辿り着く。どうか、この子を守って。お願いね」
そして少女と同じ宝石眼で狼の瞳を覗き込み、狼を優しく一度撫でる。狼はブルーサファイアの瞳で、女性を見つめると、嬉しそうにただその手に擦り寄った。
しかし女性はすぐに手を離すとマントを翻して、フードを深く被り、馬に股がった。
そして少女と狼を置いて、何処かへ行ってしまったのだった。
その後、森の中に一人眠る少女と、その少女に寄り添う狼が残された。
狼はずっと少女のそばに寄り添っていた。
しかし何を思ったのか、閉じていた目を開き、そっと前足を立ち上がらせる。
そして、ゆっくりとした足取りで森に消えていった。
狼が少女のそばを離れて、少しの時間が経った頃、また一人、森の中を息を切らして歩く人物がいた。
身体を覆うマントを羽織り、フードを深く被っている。その人物は何かを探すように辺りを見渡していた。
そして木に寄りかかり、寝息を立てる少女を見つける。すると、その人物は急いで少女に駆け寄った。そっとフードをとる。そこには顔に少しのしわを刻んだ初老の女がいた。髪を後ろに編み込んでまとめており、どこか品の良さを感じさせる女性だった。
その女性はノルンに触れる前に、少女の胸に目を落とし、少し目を見張ったあと、少女を腕にだきあげてそっと頬を濡らした。
そしてそのまま女性は少女を抱き抱えて森を後にするのだった。
女性が去って少しの時間が経った頃、森の木々の間から狼が顔を出した。少女と共に居た白狼だ。口には真っ赤な林檎を抱えている。
狼は少女がいた場所に戻ってきた。しかし、少女が見当たらず狼は少女を探すようにくるくると木の周りを旋回したり、近くを行ったり来たりしていた。
しかし少女はいない。狼の口からぽとりと林檎が地面に落ちる。狼は辺りを見渡し走り出す。
池のほとり、木々の間、洞窟。
少女はどこにも居ない。
星の降る夜に、森の中で、狼の鳴き声が響いた。
その声は静寂な闇に響いた。何度も。何度も。
まるで、誰かを探すように。
誰かが応えてくれるのを待っているように。
誰かが駆け寄ってくるのを待っているように。
どうしようもない程の切なさを含んで。
狼は吠え続けたのだった。
___そんな孤独となった狼と少女が再開することになるのはそれから数年後となるのを今はまだ誰も知らない。
 




