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norn.  作者: 羽衣あかり
“少年と少女”
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27.約束

 コンコンと軽くアオイの家の戸がノックされる。アオイが玄関へと向かい、戸を開けるとそこにはアトラスがいた。どうやら勝負が終わったらしい。

 アオイがアトラスを出迎えればアトラスは「おう!待たせたな!」と言って笑う。


「ううん。僕は全然。それより勝負はどうなったの?」


 なんとなく、ここにアトラスが一人で来たことに勝敗は予想がつきながらもアオイが聞く。

 するとアトラスはニヤリとその黄金の瞳を楽しげに少し細めた。


「圧勝だったぜ」


 結局なんの勝負をしたのだろう。それでもふふん、とでも言いたげに胸を張るアトラスはどこか可愛らしかった。

 そんなアトラスを見て、ふとアトラスと別れる前の出来事がアオイの頭をよぎる。


「あの、アトラス。さっきはごめんね。それとありがとう」

「ん?オレなんかしたか?」


 急に謝罪と礼を口にしたアオイにアトラスは不思議そうな顔をする。アオイは先程アトラスと別れる前のビルとの会話を思い出していた。


「さっきアトラスと別れる前に、気まづくさせちゃったから僕とビルを離してくれたのかなって思って」


 アオイが申し訳なさそうにそう言えば、アトラスは数回瞬きをしてきょとんとしたあと、また眩しく笑った。


「おう!でも気にしなくていいぜ!半分は俺の仕事だからな」

「仕事?」


 やはりアトラスは僕に気を使ってくれていたのだ。けれどそれを感じさせない装いに心が暖かくなる。

 また仕事とはどういう事だろか、と首を捻る。

 不思議に思ってアトラスに聞けば、アトラスはあぁ、それはな、と言って説明してくれた。

 どうやら誰彼構わず人を寄せつけてしまうノルンはこうして旅先で出会った異性に誘われることがよくあるのだそう。

 それを躱すのがアトラスの仕事なのだそうだ。


「ノルンは鈍感だからなぁ。目を離した隙に気づけば…って訳だ。それを断るのが俺の役目ってとこだな。もし俺の役割をこなせなかった事をあいつらに知られたら…」


 アトラスはどうも苦労しているらしい。

 どこか遠い目をしながら、そう言って、最後は何を思い出したのか少し身震いしていた。


 その後ノルンがケーキを食べ終わると、二人と一匹は立ち上がってアオイの家の玄関へ向かうと、振り返って挨拶をした。


「それじゃアオイ、世話になったな!」


 アトラスが手を挙げて言う。


「ううん。こっちこそ。二人と話せてよかった。それに帰るのが遅くなっちゃってごめんね」


 すっかり闇に覆われた空に星々が瞬いている。

 優しい風が頬を撫で、どこかで梟の声が響いている。


「いいや?楽しかったぜ!ノルンはうまいケーキをもらったみたいだしな」


 アトラスがノルンを見上げればノルンもアオイにぺこりとお辞儀をした。


「ご馳走様でした。本当においしかったです」

「ううん。こっちこそ美味しそうに食べてくれて嬉しかった」


 ノルンの言葉に微笑んで返す。

 多分、もうお別れだ。

 別れを感じさせる雰囲気に少し寂しさを感じる。


「それじゃあ、世話になったな!」

「お世話になりました」

「ううん。会えてよかった。…それじゃあ気をつけて」

「おう!」


 アオイの言葉にアトラスは元気よく笑い、ノルンはもう一度お辞儀をしてすると二人ともアオイに背を向けて歩き出した。


(…あ…)


 行ってしまう。

 もう、会えないのかな。待ってほしい。まだ君と別れたくない。もっとたくさん話をしてみたい。


 胸の中が焦燥感に駆られるも、その言葉はどれもアオイの口から出ることはなく、声にならない音が漏れる。


 また、会えるかな。

 ノルンの背中を見ながらアオイはそう考える。

 いや、そんなことわからない。

 現に今日再び彼女とこうして出会うことが出来たのは偶然という名の奇跡に等しい。

 そう思考が掠めたら、気づけばアオイは家を飛び出していた。ノルン達の背中はもう村の先まで遠のいている。

 走って。走って。


「…っ…ノルンちゃん…!」


 息も絶え絶えに彼女の名を呼んだ。

 少女がゆっくりと振り返る。

 彼女が何かを言うより先に口を開く。


「僕、ノルンちゃんに会えて嬉しかった。それに、僕のお菓子を君が美味しそうに食べてくれたことも」


 どうしてもこのことだけはもう一度しっかり伝えたかった。声を少し張上げているせいで、呼吸が続かなくなり、もう一度大きく息を吸って言う。


「これから僕、もっと美味しいお菓子を作れるように頑張るから、だから、」



 ___君に届けに行ってもいいかな



 夜風に連れられて届けられた僕の声に彼女は一瞬目を見開いたように見えた。その瞳は夜の帳の中静かに暗く、深海のような神秘的な輝きを放つ。

 そして少しの間を置いて彼女は___夜に雪の中で花が咲いたようにそれは可愛らしく、美しく微笑んだ。

 そして。



 ___星がふる街でお待ちしています



 と、今度は優しい音を風に乗せて僕に届けてくれた。



 ___あぁ。そっか。そこが君の住んでいる街なんだね。

 聞いたことがある。

 星がふると言われる美しい街。

 君に会いに行ってもいいかな。

 季節のお菓子を作って。


 どうかまた僕のお菓子を美味しそうに食べてくれる君がみたい。











 大切な女の子がいる。

 僕は今日もその子のためにお菓子を作る。


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