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norn.  作者: 羽衣あかり
“少年と少女”
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25.答えあわせ

 幸せに満ちた様なノルンと狼の様子にアオイは眉を下げ口元を緩める。

 よかった。そっか。やっぱりこの狼があの時探していた狼なんだ。今は小さくはなく、迫力満点だけれど。

 優しく狼を見つめるアオイに今度はノルンがそっと口を開いた。


「…私。幼い頃に一度だけ、この子を探すために育てて頂いた師匠に内緒で家を出たことがありました」


 アオイは静かに話し始めたノルンに耳を傾ける。

 育ての親、ということは両親は傍には居ないのだろうか。そんなことを頭では考えながらも口には出さなかった。今はただ、じっと彼女が紡ぐ言葉を待った。


「…まだ幼かったので歩いている場所がどこかも分からず、たどり着いた場所がこの村でした。知らない場所で、この子が見つかる気配もない。とても、不安でした」


 ノルンは話しながら優しく狼を見つめたあと、村を見渡した。


「…ですが、そこで一人の男の子と出会いました」


 静かにアオイの目が少し見開かれる。

 心臓がトクンと跳ねる。


「男の子は知らない土地に来た私にとても親切に接してくれました。この子を探すのを手伝い、また幼い私に可愛らしいケーキをご馳走してくれました」


 ノルンは当時のことを思い出しているのか少し表情を柔らかくする。

 そしてゆっくりと視線をアオイに戻した。


「あの時はありがとうございました。そして今日も。あなたは変わらず、ずっと親切なのですね」


 美しいグランディディエライトの瞳がアオイの蒼を捉える。

 ノルンはあの日のことを覚えていた。それも完璧に。

 アオイは思わず息を呑む。それが、そのことが、どうしようもなく嬉しい。胸がぎゅう、っと音を立ててじんわりと熱を持つ。


「…覚えてくれて、いたんだ」

「はい」


 嬉しくて、情けない顔をしそうになってしまう。

 慌てて手の甲で口元を隠す。


「…そっか」

「はい」

「…ありがとう」


 彼女になんて言えばいいかわからなくて素直に今、思ったことを口にしたのだけれど、彼女はまた不思議そうな顔をした。


「お礼を言うべきなのは私の方なのですが…」


 と。その顔が可愛らしくて、どこかあどけなくて。僕は思わず笑ってしまった。


 その後、ずっと外にノルンを立たせておくことに申し訳なさを感じたアオイはなんとなく自分の家に案内した。家に帰ると店はもう閉まっていた。

 しかし母は家を出ているようで、少し家を空けると置き手紙があった。

 家に向かう途中で本当に帰る時間は大丈夫なのか、とノルンに確認したところ、本当に用事はなく大丈夫だという。

 そう言えばビルとアトラスは一体なんの勝負をしているのだろうか。ノルンに聞いてみたところ、ノルンも何でしょうか、と首を傾げていた。しかし何にせよおそらく大丈夫でしょう、ということも口にしていた。

 どうして、と聞けば大抵の勝負事でアトラスが負けることは無いという。可愛い見かけに反して頼れるアトラスにアオイは感心していた。


 二人の勝負を待つ間、アオイはノルンに今日作ったばかりの苺タルトを振舞っていた。家にノルンを連れてきたのも、今日作った苺タルトのことを思い出したからである。

 あの時、目を輝かせておいしいと言ってくれたノルンの顔をもう一度見たかった。そして今度は自分の作ったお菓子で。


「ノルンちゃん。よかったらどうぞ」


 そう言ってコトリとノルンの目の前に苺タルトを一切れ切って皿に置く。

 ノルンは驚いたように顔を上げたあと、もう一度苺タルトに視線を移した。きゅ、と唇を噤んで、どこか目を輝かせている。


「…ふ」


 思わずアオイにも笑みがこぼれる。

 今日ノルンと話していてノルンがあまり感情豊かな子ではないということがわかった。静かであまり笑わない。とても大人びていて礼儀正しい子。そんなイメージだった。

 けれどケーキを前に目を輝かせる様子は年相応のただの女の子だった。


「…いただいてもよろしいのですか」

「もちろん」


 笑顔でアオイが頷く。アオイがそう言えばノルンはピクと身体を揺らしたあと、ゆっくりとフォークをタルト生地にさした。そして苺とタルト生地、クリームを口元へと運び、ゆっくりと味わうように口を動かす。

 リスみたいだ、なんてアオイが向かいの席でノルンの様子を見守っていると、こくん、とケーキを飲み込んだノルンが顔を上げた。

 そしてアオイの瞳をじっと見つめて


「美味しいです。とても。…本当に」


 と真剣な表情で言った。そんなに真剣に美味しいと言われたことがなくて思わず笑ってしまう。

 多くの人は笑顔で、幸せそうに感想を言ってくれる。

 しかしノルンは真逆だった。真顔で真剣そのものだ。

 またしてもきゅ、と心臓が音を立てた。ノルンの言葉が嬉しかった。

 アオイは無意識に手で胸の辺りの服を掴んでいた。


「そう言って貰えてよかった」

「はい。本当に今まで食べたどのケーキりも美味しいです」

「えっ」


 それは過大評価なのでは、とアオイは思ったけれど、ノルンの顔は真剣そのもので、きっと本当にそう思ってくれたのだろう。驚くアオイを他所に一口一口味わって大切そうにタルトを食べるノルン。

 嬉しさと小動物のようにケーキを食べるノルンの様子になんて言ったらいいかわからないくらいただただ幸せな時間だった。



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