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norn.  作者: 羽衣あかり
“咎人と少女”
259/259

258.禁術の解放

 片手にはランタン。

 もう片方の腕には暖炉の前に広げていた数冊の本を抱えノルンは廊下を一人歩いていた。

 ノルンが少し進む度に、壁に取り付けられていたランタンに人知れずポゥがふわりと灯る。

 廊下を進んで、行き止まりとなった所でノルンは足を止め、目の前に静かに佇む扉を眺める。



 ノルンの住む家はとても長い時を経ている。家の外見や、中の造り、壁や、床などをみてもそれは一目瞭然である。

 決して新しく美しい家ではない。

 それでもノルンはこの家を心から気に入っていたし、大切に思っていた。

 時代を経て尚、今こうしてノルンを受け入れてくれたこの家は静かな趣きと確かな温かさに包まれている。



 ノルンがこの家に暮らすことになった経緯は不思議なものだった。

 ノルンはフローリアに連れられてフォーリオにやって来た。

 しかしその時の世界は混沌に満ちており、皆が恐怖や不安に怯える毎日だった。

 そんな中、脅威の根源ともいえる存在であったノルンが街の中に住めるはずもなかった。

 そもそもフローリアの家は街の中心地から少し離れた森の入口ほどにあったのだが、そこでフローリアの世話になって暮らすことさえも幼いノルンは怯えた。



 街に降りることもできず、フローリアの家から離れすぎれば魔物に襲われる。

 そんなノルンがある日見つけたのが、フローリアの家から少し森を進んだ先にあった古めかしくも、趣きのある現在ノルンが住まう家だった。

 当初見つけたこの家は、初めの頃人の気配が全くせず、ノルンは戸惑った。

 家はそこにあるのに、どこかぽっかりと違う時代から現在に持ってこられたような空虚さが漂っていた。

 その頃のノルンはまるで意思のないただ生きるという行為だけを続けていた子どもだった。

 しかしそんなノルンがこの家を見た時には薄らと瞳に光を宿した。

 小さな手が少し高い位置にある玄関の取っ手に触れた時、扉は開いた。

 少しの埃が光に透けて、玄関を開けた際の空気の流れにふわりと舞う。

 その瞬間、ノルンは微かに目を見開いた。


 ___この場所だと。


 そう、思った。

 この家に、自分は住むべきなのだと。

 直感が、そう訴えた。

 この家は、自分を待っていたのだと。

 そう、感じた。


 それからノルンが一度フローリアの元へと帰り、森の中にひっそりと佇む家の存在を伝えればフローリアは驚きに目を見開いていた。

 はじめに反論したのはアランだった。

 困惑したように必死にノルンを止めていた。

 それからレオも不服そうにノルンを見つめていた。

 それでもノルンが必死に拙い言葉を紡げばフローリアは静かに頷き、条件付きでノルンが今の家に住むことを承諾した。


 それが、ノルンとこの家の出会いだった。


 ノルンは目の前で呼吸を止めているかのようにひっそりと佇む一等古い扉を眺めた。

 それから片手をドアノブにかけるとゆっくりと扉を中へと押し込む。

 金具が軋む音がして扉が開いていく。


 その先に広がっていたのは部屋の壁一面に敷き詰められた本の数々だった。

 分厚いものから、薄いものまで。

 古いものから、比較的新しいものまで。

 数百程の本が所狭しと並べられている。

 いわゆる書庫と呼ばれる部屋だった。

 しかしその広さは小さな図書館と言っても過言では無いほど。

 ノルンは扉の中へと足を進めると、窓辺の机の上にランタンを置いて、それから腕に抱えていた本を一度重ねておろす。


 窓辺のカーテンを引いて窓の外を見れば、雲の間を縫って顔を出していた月がノルンの窓辺に向かって一直線に光の道を作り出していた。


 ノルンは視界に映り込む月光に僅かに視線を細めてから、視線を机の上に落とした。

 そして再び机の上に重ねるように積んだ本を手に取ると、本を収納しておいた場所へと背表紙を押し込む。


 書庫に置いてある本の多くは魔法に関するもの、薬学に関するもの、それから少しの参考資料。

 ノルンは幼い頃にこの家を見つけ、そして、この部屋を見つけてから、この部屋に毎日入り浸っては、普通なら到底一生で読み切れないと思ってしまうような量の本を硝子が光を反射するように輝く瞳で見つめ、手に取った。

 それからフローリアでさえ、知らずのうちに魔法を使うようになり、魔法使いとしての才を開花させていったのだ。


 数冊の本を全て戻し終わったあとで、ノルンは最後に卓上に残された一冊の本を手に取った。


 その本は深い青と緑を混ぜ込んだような深淵を思わせるかのような色で、中心部には幾何学模様が大きく描かれ、それが月光の光を浴びれば、まるで星を照らし出すようにきらきらと輝いた。

 四方には金具が取り付けられているが、それも色褪せて今では光が当たれば銅のように鈍く光を放っていた。

 ノルンは手元に残った一等古い魔導書の表紙をさらりと撫でるとゆっくりと扉を開いた。

 それはあとから思えば恐らく運命だった。

 抗えない偶然だった。

 真実だった。

 避けられない現実だった。


 はらはらとページを慎重に捲っていった先で、ノルンはふと最後のページを開こうとして手を止める。

 以前ノルンがとある少女の願いで少女の祖父の病気を治療した際には最後のページはまるで何者かに封印されてしまっていたように何か書かれていた形跡はあってもその上から執拗に黒いインクで塗りつぶされていた。

 そのために、最後のページに何が書かれているのか。

 この魔導書を後世に託した魔法使いが何を伝えたかったのかはわからずじまいだった。

 そのページを開いた時、そこに何が、どんな魔法が残されていたのか、興味がなかったと言えば嘘になる。


 しかし、今___。


(……………開く)


 はらりとページがめくれて、最後のページがノルンの目の前に露になる。

 ノルンの横顔右側からは月光が伸びて、ノルンの肩越しに魔導書を照らし出す。

 その時だった。

 淡い月光の光に照らされて黒く塗りつぶされていた最後のページがじわじわとインクを透過させていった。

 信じられない光景に思わずノルンも薄く目を見開いて動きを止める。


 何が起こっているのかを理解できないままに、ノルンは大量のインクによって打ち消すように何者かによって打ち消された魔法を目にする。

 黒いインクが、まるで時を戻すかのように透過していく。まるでぽつりぽつりと落ちる雨粒を巻き戻すかのように。

 ぶちまけられたインクを、ぶちまけられる前に少しずつ、時が戻っていく___。


 手元の本が眩い光に包まれる。

 ノルンは目を見開いて、吸い込まれたように本を見つめる。

 眩い輝きが宝石瞳にうつりこめば、瞳の中をまるで流星のように星が瞬く。

 少しずつ黒のインクの先に、綴られた筆跡が見え始め、そして_____


(………“禁術”死者蘇生の魔法___)


 心の中で視界に映った文字を復唱する。

 その瞬間美しいグランディディエライトは揺らぎを止める。

 思わず呼吸が止まる。

 思考が、止まる。


 _____死者の、蘇生。


 それは、その、魔法は_____あってはならない、存在してはならない、この世の禁忌だ。


 思考がままならない。

 ___まさか、本当に___?

 ___どうして、此処に。


 低く音を立てる鼓動だけが嫌に脳内に響いて、指先が次第に温度を無くす。

 震える瞳が、もう一度ゆっくりと手元の本に移され、揺らめく夜の海が禁忌を捉える。

 止まった思考、呼吸の中、ふとノルンははっとしてゆっくりと顔をあげる。


 今日出会ったとある人物が脳裏に呼び起こされる。月を見上げて、どこか儚く、彼は囁いた。


 ___もし、死者を蘇生できるとしたら、君なら___ノルンなら、どうする?


 宝石瞳がどくんと一層大きな鼓動に呼応して見開かれる。

 静寂に溶けたシオンの声だけがいつまでも脳内で響いていた。




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