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norn.  作者: 羽衣あかり
“咎人と少女”
255/259

254.貴方の眠りについた地

 時間切れ___シオンがそう言い残して去っていった後、シオンの言葉の意味に気づいたのはそう遅くなかった。


 シオンが居なくなり、1人取り残された星鈴蘭の花畑でノルンは1人立ち竦んでいた。

 そこに、息を切らして近づいてくる人物がいた。

 魔力感知でそのことを悟ったノルンが静かに振り向けば、そこには酷く薄着で、まるで急いで家から飛び出してきたかのようなフローリアの姿があった。


「………師匠(せんせい)…?」


 ノルンは少し後方で立ち止まり息を切らしているフローリアの姿を見ると驚いて駆け寄る。

 そしてフローリアの前に立つと、心配げにフローリアの顔を覗き込む。


「…師匠(せんせい)。お身体は大丈夫ですか。どうして…」


 こんな所に、そう言おうとした瞬間、フローリアがゆっくりと顔をあげる。

 未だ呼吸は乱れ、フローリアの表情は苦しげだ。

 フローリアは両手で、すっかり冷えたノルンの手を掴むと少しの力を込めて握る。

 ノルンは少し驚いてフローリアを見返す。

 その瞳を見つめて、ノルンはぴくりと肩を揺らした。


「…はぁ…………っ……はぁ………ノルン……」


 フローリアの瞳は酷く、揺れていた。

 まるで、先程風に吹かれて湖面を乱した湖の様に。

 ゆらゆらと、不安定に揺れて。


「…はい。師匠(せんせい)


 ノルンはまるで揺れることのない声色で頷く。


「…………良かった。………どこも……怪我はないわね………?」


 フローリアはまるで、泣きそうな声色で、ノルンの手を握り、身体を見渡す。

 ノルンの身体は冷えきってはいるが、服の裾に雪がついている以外にどこも汚れたところも無ければ、怪我をした様子は無い。


「…はい。師匠(せんせい)

「……そう。……そう。本当に良かったわ」


 フローリアはその事を確認すると、深く息をついて瞳を閉じて、ノルンを静かに抱きしめた。

 フローリアの肩に触れた瞬間、ふわりとフローリアの柔らかな花の香りが鼻を突く。

 久しぶりに触れたその香りにノルンは、小さく息をついてから、静かに力を抜いた。


 それから少しの間、フローリアはノルンを抱きしめ、それからゆっくりと身体を離した。

 フローリアはノルンの顔を見ると眉を下げて微笑む。

 ノルンは何故、フローリアが此処へやって来たのか、それから先程の安否確認は一体何だったのか、と気になりつつも、フローリアの身体を見て、それからある事に気づき目を見張る。


「…師匠(せんせい)。杖は………。それに、この格好は……」


 フローリアはノルンの言葉を聞くと、薄く微笑んだ。

 フローリアは片足をある時に負傷した。それからは走る事は疎か、普通に歩くことでさえも、杖がなければ困難を極めた。

 それなのに、今、フローリアの手元には杖はなく。

 服装にしても肩にストールを一枚羽織っているだけで、この雪の中、コートも、マフラーも、手袋も、防寒具という防寒具は一切身につけていなかった。

 ノルンは思わず、自身のコートを脱いでフローリアに被せようとする。

 しかしそれに気づいたフローリアは少し驚いて、それから断るように優しく首を左右に振った。


「…まぁ、ノルン。いいのよ。着ていて頂戴。風邪をひいてしまうわ」

「いいえ。私なら大丈夫です。ですからどうか羽織られてください」


 フローリアは受け取ろうとしなかったが、さすがにここではノルンも引くわけはなく、何とか申し訳なさそうな顔をするフローリアにコートを羽織らせることができた。


「…それよりも、師匠(せんせい)。どうして此処に…」


 ノルンが先程から気になっていた言葉を述べればフローリアは少し眉を下げて、口元には薄い微笑みを浮かべたまま少しばかり瞳を伏せた。


「…………いえ。なんとなく、気になる事があったのだけれど…。きっと気のせいね」


 小さく、告げられた言葉と共に、白い吐息が吐き出され、まるでフローリアの言葉を攫っていくように闇の中に溶けた。

 ノルンはフローリアの言葉に、ほんの少しの違和感を感じ、薄く口を開いたが、結局はその先は伝えることなく、静かに口を閉じた。


「…それよりも___ノルン。……そう。貴方は…此処へ来ていたのね」


 フローリアは話を終わらせるように、そっと顔をあげ、視線を横にずらしてその先の景色を見つめるとそう呟いた。

 この地は___ノルンが幼い頃、フローリアが教えてくれた場所だ。

 それも、ノルンの母であるベルが最後に眠りについた場所であるのだと___。

 フローリアの表情は薄く微笑みを浮かべているものの、どこか寂しげで、切ない。


「…はい」


 ノルンはフローリアの視線を追う。

 そこには月明かりに照らされ淡く、美しく、真珠色の光をきらきらと放つ、鈴のように丸い可愛らしい花弁を持つ花があった。

 かつてフローリアは教えてくれた。

 ノルンの母親であるベルは、この星鈴蘭の花畑に、まるで眠りにつくように両手を組んで、静かに眠りについていたのだと。


「………………」


 静かにノルンがその花を見つめていればフローリアは、花から視線を逸らすことはないまま薄く唇を開いた。


「…不思議ね」


 フローリアの声にノルンは静かに視線をフローリアへと向ける。


「………ノルン。知っているかしら。星鈴蘭は本来、爽やかな風が舞う新緑が美しい季節に花を咲かせるの」


 フローリアの言葉に、ノルンは少し驚いたようにフローリアを見つめる。


「…でも、不思議ね。…此処はどうしてか…ずっと、この季節になると…この湖の一帯…この区画にだけ、星鈴蘭の花が咲くの」


 不思議ね、フローリアはもう一度そう零した。

 その瞳は花畑から逸らされることは無い。

 フローリアの瞳が月明かりに照らされて、一瞬光って見えたことに、ノルンは気付かぬふりをして、再び美しく雪の中を咲き誇る星鈴蘭の花畑に視線を送ったのだった。





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