253.禁忌の魔法
ハルジア大陸は古代から魔法と共に生きてきた。
街を歩けば、幾人もの魔法使いとすれ違い、路上で遊ぶ子ども達でさえ、簡易的な魔法を操っていた。
しかし、そんな魔法大国であるハルジアには禁忌とされる魔法が三つ程存在する。
一つ___時を遡る魔法。
二つ___魂の改変、または支配の魔法。
そして、三つ___
(………死者、蘇生の魔法)
それらはいずれも禁忌に触れるものとされ、その魔法を扱ったものには何れも重刑が下される。
その中でも、特に危険視されているものが“死者蘇生”の魔法である。
とはいえ、蘇生魔法は言い伝え程度にしか残っておらず、実際にはそのような魔法は存在していないと語るものも多い。
それが、現代での蘇生魔法だ。
しかし___この問いを投げかけるということは、シオンは。
「…シオン様は、蘇生魔法が…この世に存在していると…そう、お考えなのですか」
ノルンが静かに口を開けばシオンは僅かに瞳を細め、静かに頷いた。
「…あぁ、そうだよ。ノルン」
「………………」
「…馬鹿みたいだって思うかな」
ゆっくりと月夜を見上げたシオンの横顔をノルンは見つめる。
それから否定の言葉を零した。
「いえ。シオン様」
シオンの動きがぴたりと止まる。
それから視線は月から動かさないまま、ほんの僅かに肩を揺らした。
そして、ゆっくりとノルンに振り返る。
「___そっか。…ノルン。死者蘇生の魔法は必ずこの世界のどこかに存在している。必ず、この世界のどこかに…彼女は____古代の大賢者フレイヤは、禁忌とされる魔法を遺したはずだ」
(…古代の大賢者、フレイヤ)
_____禁忌とされる死者蘇生魔法が、この世に存在している。
シオンは確かにそう言い切った。
その言葉の根拠には何があるのか、何故、そう言い切ることができるのか。
もし、シオンの言葉通りに、死者蘇生の魔法が存在しているとするならば、それは大陸を震撼させるほどの大事件になるだろう。
ノルンは揺らいでいた瞳に、力を込めてシオンを見つめ返す。
真っ直ぐな、静かな、ブルームーンの瞳に引き込まれる。
その表情は真剣そのものだ。
シオンはただ、ノルンの言葉を待っていた。
ノルンならば、どうするのかと。
ノルンは言葉に詰まる。
何を口にすれば良いのか、分からなかった。
何故なら、今まで、一度だってそんな事を、考えたことがなかったから。
これはあくまで例え話だ。
そう、きっとそうに違いない。
きっと___。
すぐに答えを出さなければならないと言うならば、答えはNoだ。
それ程までに、死者蘇生の魔法は世界の禁忌だ。
しかし、ノルンの口から零れたのは、世界の掟に背く答えだった。
「…少し考えさせて頂いてもよろしいでしょうか」
少女は、そう告げた。
ぴくりとも変わることのない至極真剣な表情で。
その質問に真剣に答えるために、自分の中で答えを探そうとした。
ノルンが真面目な表情でそう言うと、シオンは少し不意をつかれたようにきょとんとした表情を浮かべたあと、眉を下げ口元に笑みを浮かべた。
「…君は…本当に優しい子なんだね。ノルン」
口元に指先をあてて、真剣な表情で考えこむノルンに、シオンはぽつりと呟く。
シオンから見たノルンの姿は月光を正面から受けて、淡く光り輝いていた。
シオンはその姿を見つめて、眩しいものを見るように少し瞳を細めたが、決してノルンから視線をそらすことはなかった。
「…ノルン。もっと君とお話をしたいとこだけど、どうやら時間切れみたいだ」
「…シオン様?」
シオンは岩の上から足を下ろして、地面に降り立つと、ノルンに近づく。
時間切れ、とはどういう意味なのだろうか。
ノルンはシオンの言葉の意味を理解することができず、首を傾げる。
シオンはそんなノルンに少し笑みを深めると口を開いた。
「…それじゃあ、最後に。今日、君とこの地で逢うことが出来て本当に………よかった」
シオンの瞳には見下ろされたノルンの姿が映っている。
シオンはぴくりとも表情を変えることのない少女を、弧を描いた瞳で見つめる。
「また会おう。その時に、君の答えを聞かせて。___ノルン」
囁くような優しげな声だった。
シオンはノルンの頬辺りに片手を近づけて、それから実際に触れることはなくとも、頬を撫でる動作をした。
ノルンは瞳を逸らすことはせず、その柔らかな、どこか苦しげな表情を見つめていた。
「…シオンさま」
そう、呟こうとして、喉から音が漏れた頃には、既にシオンはそこには居なかった。
ただ、彼がいたという足音だけをノルンに伝えるように、目の前の星鈴蘭が一斉に横に揺れていた。
一瞬にしてシオンはノルンの前から姿を消したのだった。




