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norn.  作者: 羽衣あかり
“少年と少女”
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24.あの日の続き

 アトラスはその大きな瞳を少し細めて不敵に笑った。そして


「よし!いいぜ!確かビルだったな!酒でも食事でも付き合ってやる!」

「えっ!本当か!?」


 ビルに向かってそう言ったのだった。いきなりビルの誘いに意欲的になったアトラスに僕は驚く。

 しかしそれはノルンもだったらしく、少し目を瞬いていた。

 けれどすぐに真顔に戻る。

 なんとなく、アトラスの言いたいことを察したように。


「あぁ。男に二言はねぇ。ただし、俺との勝負に勝ったら、だ」


 そしてニヤリと挑戦的に笑うのだった。それに初めは驚いていたビルだったが、こういうノリが好きなビルはすぐさま「いいぜ!」と笑った。

 何やら状況を理解できないまま話が進んでいく。


「よし!そうと決まれば酒場に行くぞ!勝負はそっちで決めてくれて構わねぇぜ。…つーことだから、アオイとノルンは勝負が終わるまでどっかで待っててくれ!」

「えっ、うん」


 二カッと笑うアトラスに思わず頷く。ノルンもこくりと頷く。

 そしてその後すぐにビルとアトラスは村の酒場の方へ消えていってしまった。

 その場にはアオイとノルン、ノルンの連れている狼だけが残った。


「…えっと、なんだかこんなことになっちゃってごめんね。帰る時間は大丈夫?」


 急にノルンと二人になったことに気づいて心臓が忙しなくなる。しかしとりあえず、こんなことになってしまって申し訳ない、という気持ちをアオイは素直にノルンに伝えた。

 ノルンはアオイに向き直り、またしても緩く首を左右に振ったあと、口を開いた。


「…いえ。こちらこそお二人が話されていたところを邪魔してしまって」

「ううん。それは大丈夫だよ」

「そうですか、それならよかったです」


 そういった後で、ノルンは何か聞きたいことを思い出したというようにそっとアオイを見つめアオイの名を呼ぶ。


「アオイ様」

「えっ」


 様付けで呼ばれた経験などなく、思わず驚いてしまう。そんなアオイにノルンはほんの少し首を傾げて見せた。不思議そうな顔をしているノルンにアオイはあ、ごめんね、と謝りながら様付けではなくて良いと伝えた。

 なんだか少しの気恥しさを感じてそう言えばノルンは少しの間を開けて考え込むような仕草をしたあと頷いた。


「アオイ…さんはここで何をされていたんですか」

「…えっ」


 再びアオイが驚いた反応をしたので、ノルンは聞いてはいけないことだったかと、訂正しようと口を開きかけた。けれどアオイはすぐにそれを察すると口を開いた。


「あ、ごめんね。違くて。全然聞かれたくないこととかじゃないんだ。ただ…」


 君を待っていたんだ。その言葉を言う手前でアオイの声は喉の奥で止まってしまった。何故かそれを言うのが恥ずかしく思えて、アオイは固まったまま少し頬を染めた。自分の頬が熱を持ったことに気づいてさりげなくノルンから顔を逸らす。気づかれて、いないかな。

 タイミングよく空が綺麗な紺色のカーテンを纏っていたこともあり、あまりノルンはアオイの表情の変化に気づいていないようだ。不思議そうな目でアオイを見ている。


「えっと…」


 …なんて言おう。どうにか不自然でない理由を…。そう考えていたけれど上手い言い訳が思い浮かばない。

 そしてそっと横目でノルンをチラリと見れば、彼女に嘘をつきたくないと思った。

 そして結局、アオイは素直な理由を口にした。


「君を待っていたんだ」


 そっと決意したように顔を上げてアオイはノルンの目を見て言った。

 …綺麗だな。鮮やかでそれでいてどこか深い海のような色を纏っていて。その瞳は昼間見た時とは表情を変えて、空の色を映したように静かな輝きを放っていた。

 ノルンは不思議そうな顔をしていた。その表情がどこかあどけなくて、夢に見た女の子と重なった。


「…私を、ですか?」


 そう。そうだ。ビルが来てしまって、頭から抜けてしまっていたけれど、僕が君を待っていたのはどうしても聞きたいことがあったからだ。


「うん。あのね、ノルンちゃん。…実は一つだけ君に聞きたいことがあって、ここで君を待ってたんだ」

「聞きたいこと…」

「うん」


 さっきまでの緊張は何故か少しずつ髪を揺らす風に攫われていったように徐々になくなっていた。

 アオイは少し眉を下げ、優しい瞳でノルンを見つめていた。


「もし、なんの事かわからなかったらごめんね」

「はい」


 ノルンは顔色を変えることなく淡々と返事をする。

 暖かい、けれど少し昼間よりも温度を下げた風がアオイの頬を撫でる。

 一度、アオイはノルンの隣にいるオオカミに視線を向けて、ゆっくりともう一度その視線をノルンに戻した。そして、ゆっくりと口を開いた。


「…狼は見つかったかな」


 そういった瞬間、想像していなかったのか、ノルンは息を呑んだように思えた。


「………」


 驚いているのだろうか。

 そんなノルンの言葉を受け取るより先に、アオイはもう一度口を開いた。


「もしなんの事かわからなかったらごめんね。…でも、ずっと心配していたんだ。あの後探していた狼には会えたのかな、って…」


 微笑みながらそう言ったアオイにノルンは静かに耳を傾けていた。そしてアオイが言葉を言い終えると、しばらく見つめあったあとで、ノルンもまた一度瞬きをすると、とても優しげに目を細めた。


「はい。…この子がそうです。もう一度再会できたのは実はまだ最近の事なのですが。…それでも、こうして、再び会うことが出来ました」


 どこか噛み締めるようにノルンがいう。

 ノルンの華奢な手がふわふわであろう真っ白な毛並みを撫でる。

 こちらを見つめていた狼はノルンの手に身を委ね、気持ちよさそうに目を細め、顔を擦り付けていた。



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