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norn.  作者: 羽衣あかり
“咎人と少女”
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248.向かう先

 しんとした夜の静寂の中に一人少女は居た。

 少女の目の前にはぽつんと立つ一つの墓。

 少女はそっと手を持ち上げると指先で自身の頭に結ばれたリボンに触れた。


「………………」


 はぁ、と白い吐息が零れる。

 ノルンの脳裏には先程の出来事が蘇っていた。

 頬を染めて、少し緊張した様子で、この贈り物を渡してくれたアオイの姿が。

 ノルンが贈り物を嬉しいと言えば、アオイは綻ぶように微笑んだ。

 それは、心から嬉しそうに、その瞳には暖かな感情を抱いて。


 ノルンはそっと手を下ろすと、もう一度その手のひらで墓を撫でた。

 石の冷たさが指先に伝わるが、ノルンは手を離すことはせずゆっくりと手を動かした。

 それからゆっくりと立ち上がると足元に置いていたランタンを拾う。

 カランと音がしてランタンの中のぽぅがふわりと揺れた。


 ノルンは一歩足を踏み出した。

 その方角は今やってきた方角ではなく、墓の奥。

 さらに森の中を進む方向だった。


 ノルンは一人、静まり返った森の中を迷うことなく淡々と進む。

 ランタンの灯りと真上から優しく世界を照らす月明かりだけが頼りだ。

 森は辺り一面数センチの雪に覆われていて、道などは存在していない。

 それでもノルンはまるで行き先が分かっているように一歩一歩とブーツを前に出す。


 森は何処まで行っても所狭しと木が並んでいて、同じ光景ばかりが続く。

 それでもノルンは歩き続ける。

 歩いて、歩いて。歩いて。

 歩いた頃。

 突如ノルンの視界が開けた。

 代わり映えのない森の中。

 木々ばかりが立ち並ぶ空間に、それは突然現れた。


「……………」


 ノルンはその場所までやってくると静かにその光景を見つめていた。

 ノルンの目の前に現れたのは森の中の突如開けた空間に出来た小さな湖だった。

 小さいながらも目の前に広がる湖は、風のない空間でただ静かにそこで凪いでいる。

 ぽっかりと開けた空間の真上には丁度煌々と光を放つ月が浮かんでいる。

 視線を下にすれば湖の湖面にも揺らぎながらも光を放つ月が水面鏡になって、静かに揺蕩う。

 月からノルンの足元まで、ゆらゆらと光の影が伸びていて。

 それはまるで月へと続く道のようで。

 ノルンは静かに月を見上げる。


 ___ノルンは目的があって家を出た。

 それは正に、この地に訪れるためであった。

 先程母の墓の前で言葉を交わしたアオイは、ノルンがこの後行く場所があると告げると心配そうな瞳でノルンを見つめ、自分もついて行こうか、と申し出をしてくれた。

 しかしその時ノルンは何故か密かに音を立てる鼓動と、少しのぎこちない恥ずかしさから、その申し出を柔く断ってしまった。


「…………………はぁ」


 唇から微かに漏れた吐息が白く凍りつく。

 ノルンは何をするでもなく、ただ、静かに空を見上げる。それから僅かに屈んで指先を湖に触れさせる。

 ちゃぷ、と音がしてノルンの指先が数センチ湖に沈んで、それから今度は片手で水を掬うように持ち上げる。

 とぽとぽとぽ、とノルンの指先から雫が流れ落ちる。


(…不思議)


 ノルンは指を引き抜くと、ほぅ、と吐息をこぼして湖を見つめる。

 この場所を知ったのはノルンがまだ幼い頃。

 フローリアにある時教えてもらった。

 その後ノルンは毎年今日の日付になるとこの場所まで一人でこっそりとやって来るようになった。

 初めて来た時から感じていた。

 この場所にやって来ると、何故かノルンの身体は心地よい感覚に包まれるのだ。

 例えるならば迷宮に入った時の様な___魔力の濃度が濃い場所に訪れた時のような感覚。

 まるで程よく温かな湯船に浸かっているような___天日干しした後の毛布に包まれた時のような、そんな心地になる。

 太陽が登っている時間帯にやってくれば湖のそこまで見通せてしまうような澄み切ったアクアマリンは今ははるか上空の闇を映し出している。


(…とても、落ち着く)


 ゆっくりと腰を下ろして微睡んでいたいが、生憎足元には雪が積もっていて、腰を下ろせば衣服が濡れてしまいそうだ。

 さすがにそれでは帰り道が寒いし、体調を崩してしまうかもしれない。

 そうなれば、数人から問い詰められるのは目に見えている。

 ノルンは一瞬脳内で何を考えたのか僅かに眉を寄せると、静かに考えを断ち切るように頭をゆるく降った。

 それから再びゆっくりと湖の周りを周回するように足を踏み出す。

 月明かりに照らされる少女の顔はあまりにも白く、影を指すまつ毛は柔く、長く、仄かに色付いた頬も唇も、まるで全てがよくできた人形の様だった。

 少し歩いて、ノルンは再びゆっくりと足を止めた。

 ノルンの足元、ブーツから拳一個分程のところに一輪の花が咲いている。

 白い数枚の花弁が下を向いている。

 丸みを帯びた花弁はどこか可愛らしく、頭を垂れているように見える。

 足元に咲く一輪の花を見つめると、ノルンはゆっくりと顔を上げた。

 ノルンが視線をあげた先には、冬だと言うのにも関わらず、何本もの、何百もの花が咲き乱れていた。

 辺り一面の銀世界に咲き誇るまるで雪の花。

 無数に咲き誇る小さな花畑と言えるほどのその花は、静かな夜、月夜に照らされてとても神秘的な光を放っていた。




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