246.報告と挨拶
今日は本当に自分には勿体ないほど尽くしてもらった1日であったとノルンは思う。
現在はノルンはアトラス達とフローリアの家から、ノルンの暮らす家へと戻ってきていた。
アオイたちにフォーリオの街の星辰祭の様子を見せて、それからフローリアの家でノルンの誕生日を祝ってもらった。
ノルンは自分の誕生日になど頓着がなかったもので、祝福の言葉を貰った時には思わずなんの事か理解ができずきょとんとした表情を浮かべてしまった。
ノルンは家の中から外の景色を眺めながら先程の出来事を思い返していた。
信じられないほどに、嬉しくて、涙がこぼれ落ちそうな程に、暖かかった。
ノルンは一つのランタンにポゥを灯すと身体の向きを変え玄関の方へと向かう。
家を出る際に暖炉の前に横になっていたブランが耳をピクリとたてノルンを見てきたがノルンはその様子に気づくと静かに首を振った。
「ブラン。私は平気です。ここにいてください」
ノルンは小さな声でそう囁く。
そしてそれからブランの背に寄りかかるようにして寝息を立てているアトラスとその隣のポーラを見た。
大分疲れていたのか二人はすっかり夢の世界のようだ。
ノルンがそう言えばブランは意図をノルンの汲んでくれたのかノルンを追いかけてくることはなかった。
二人と一匹から離れ、コートを羽織り、家から出るとノルンは静かに家をあとにした。
未だ森の中は溶けきっていない雪が数センチ積もっており、時折雪の重さに耐えられなくなった枝がしなって雪を地面に落とす。
はぁ、と零した吐息が白く凍って空気中に溶けていく様を無意識に目で追う。
ノルンの家の少し先にあたる場所までやってくるとノルンはぴたりと足を止める。
そして視線を少し下に落とした。
ノルンのもつランタンの光と、真上から落ちてくる月明かりに何かが照らし出されている。
「……………」
それは雪の中にひっそりと佇む石碑だった。
その碑には短くハルジア語が刻まれている。
その刻まれている言葉は___ベル・スノーホワイト。
___ノルンの母親である女性の墓が、そこにはあった。
灰色の石碑の上部には雪が降り積っている。
ノルンは静かにランタンを雪の上に降ろし、それからノルン自身もゆっくりと膝を折りたたむ。
そしてはぁ、と白い吐息を零しながらゆっくりと口を開く。
「………ただ今戻りました。…お母様」
そしてコートの袖からすっと細い指先をのぞかせると、その冷たさをものともしないで静かに石碑の上に下ろした。
ゆっくりと壊れ物を扱うかのようにノルンの指先が石碑を撫でる。
それから少しの間、無言で石碑を見つめていたノルンだが、ゆっくりと立ち上がる。
魔力感知で人の気配を感じたのだ。
こんな時間にこんな場所へ一体誰がやってきたというのだろう。
ノルンは不思議に思いながらも、少しの緊張感を持って何時でも杖を手にできるように意識する。
それからゆっくりと後ろを振り返った。
ノルンの予想通り、こちらに向かってゆっくりと人が歩いてきていた。
しかし、その人物が近づいてくるにつれてノルンは少し驚いた。
「…ノルンちゃん」
「…アオイさん。どうして此方に…」
それは寒さから頬を赤く染めたアオイだった。
ノルンはアオイの姿を確認すると警戒心をとくように無意識に拳の力を緩める。
「…えぇっと………その………」
ノルンが質問をすればアオイは何故か歯切れを悪くさせて視線をさ迷わせる。
ノルンがさらに疑問符を浮かべたところでアオイはふとノルンの背後の石碑に視線を止める。
「………ノルンちゃん。それって…」
アオイの視線が向いた方向を確認するように背後を振り返ってそれからノルンはアオイの言おうとしていることが分かって小さく頷いた。
「…はい。…私の母のお墓です」
ノルンの表情が変化することはない。
しかしアオイはそうではなかったようで、ノルンが答えた瞬間、一瞬アオイの空気が揺らいだ。
それからアオイは僅かに眉を下げると少し切ない表情で、「…そっか」と呟いた。
「はい」
「…ねぇノルンちゃん」
「はい」
「…僕も手を合わせてもいいかな」
アオイは一歩、一歩とノルンに歩み寄って目の前の石碑に視線を落とすと優しくそう言った。
「…アオイさんが…ですか…?」
「うん。ダメかな」
「…いえ。…そんな事は…」
「よかった。ありがとう」
アオイの言葉に思わず困惑する。
その優しげな表情にノルンは上手く言葉を選ぶことが出来ない。
しかしアオイはノルンの言葉を肯定と受け取ったのか嬉しそうに微笑むとゆっくりと膝を折り曲げてそれから静かに手を合わせた。
少しの間アオイは何も言葉を発することはせず、瞳を閉じて、墓に向かっていた。
しばらくしてアオイがゆっくりと手をおろし目を開いて立ち上がったあとノルンは未だ戸惑いを覚えつつも口を開く。
「…ありがとうございました。アオイさん」
「ううん。こちらこそ」
「……………どうしてアオイさんが此処に…」
ノルンが先程と同じ質問をもう一度繰り返すとアオイは少し肩を揺らしてそれから居心地が悪そうに視線を軽く伏せた。
そして少しすると観念したように小さく息を吐いて、それから肩を落とした。
そして伏し目がちに視線をノルンに向ける。
「…その、ごめんね。ノルンちゃんの後を追いかけてきたんだ。…つい心配になって…」
申し訳なさそうにアオイはそう言うと瞳を閉じる。
そしてその言葉にノルンはアオイが自分の身を案じてやってきてくれたのだと言うことを理解した。
「…いえ。そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「あっ…ううん!全然…!…それに、その…僕自身…ノルンちゃんに、渡したいものがあって……」
アオイはノルンの言葉に首を数回左右に振り、それから声を小さくして眉を下げ、視線を下げ恥ずかしそうに口の中で何かを呟いていた。
「…私に…渡したいもの…ですか?」
「…ぅ…うん」
しかしノルンにはしっかりとアオイの言葉が聞こえていた。
ノルンがアオイの言葉を繰り返せばアオイは小さく頷いて、染まった頬をさらに少し赤らめた。
そしてアオイは自身のコートに着いたポケットの中に手を差し込むとゆっくりと手を引き出した。
その手のひらには数十cmの上等な紙の箱が握られていたのだった。




