243.おかえり
街の人々、一人一人の願いが吹き込まれた蝶は淡く光を灯して、願いを、遥か空へと運んでいく。
ノルンはその光景を、蝶が見えなくなるまで静かに見送ったところでようやく視線を下げた。
そしてアオイ、アトラス、ポーラを振り返ると小さく口を開く。
「…帰りましょう」
「おう」
「うん」
「うんっ!」
ノルンがそう告げれば三人は笑って頷く。
その様子に小さく頷いたところでノルンはもう一度だけフォーリオの街を見納めるように振り返り、それから何を思ったのかふとその場でもう一度空を見あげた。
「……………」
それから特に口を開くでもなく、静かに踵を返し森の中へと戻っていくのだった。
先程歩いてきた足跡を辿るようにノルンは森の中を進んでいく。
普段ならば小動物が駆け回り、此方の様子を伺っているのだが今はまるでこの森にはノルン達以外の生物はいないのではないかと言うほど静まり返っている。
恐らく多くの動物たちは既に冬眠期間に入っていて、それぞれの寝床で春まで眠っているのだろう。
ノルンはまるで息を潜めているかのような森の中をゆっくりと歩く。
「ノルン〜フローリアさんのお家まであとどれくらい?」
「あと数分程です」
可愛らしい声に呼ばれノルンは口を開く。
ポーラの言葉通りノルンは今、森の奥にひっそりと佇む自分が生活をしている家ではなく、その手前に位置するフローリアの家に向かっていた。
その理由はフローリアがせっかくの祭りの日だから皆で食事をとろうと提案したためだった。
ノルンは二つ返事で頷くとアオイやアトラス、ポーラにその旨を伝えた。
アオイとアトラスは特に問題ないという事で笑顔で了承し、それからポーラも始めは緊張半分、行きたい気持ちが半分といった具合に見えたが、美味しいご馳走が食べれると聞くとすぐに瞳を輝かせ何度も頷いていた。
現にフローリアの家へと向かう今もポーラは既にご馳走に浮き足立ち既に小さな口元からは涎を垂らしそうだ。
今はノルンの後ろでアオイお手製のケーキがあるかもということを聞いて更に瞳を輝かせ胸を膨らませている。
そんな和やかな会話を聴きながら足を進めればすぐに視線の先に小さな灯りを見つけ、フローリアの家の玄関前にたどり着いた。
既にアトラスは寒さが限界らしく弱音は吐かないがふるふると身体を縮こまらせて震えている。
そんな様子にノルンが思わず表情を緩め、コンコンと玄関の戸をノックすれば、人が近づいてくる気配がして間もなく、ガチャりと扉が開き、中から相も変わらずの無愛想な表情でレオが顔を出した。
「…おかえり。早く入りなよ。寒かったでしょ」
レオはそう言うとノルン達を中へと招き入れる。
家の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、身体を包み込むような心地の良い暖かさに、入るなり4人はほっと身体の力を緩めた。
ノルンがマフラーを解こうと首元に手をかける。
その時、「ノルン!」と大きく名を呼ばれノルンはその瞬間に声の主が誰かを理解しながらも、レオの横からひょっこりと顔を出す。
やってきた人物はノルンが返事をする前にがばりとその腕にノルンを閉じ込め、抱擁した。
「ノルン…!帰ったんだな。寒かっただろう」
その人物とは勿論アランのことである。
アランはぎゅっと一度ノルンを抱きしめた後でゆっくりと腕から力を抜くとノルンの顔を見て優しく微笑む。
「アラン。今日はもうお仕事は終わったのですか」
ノルンは当たり前に抱擁された事には触れず少し驚いた様子でアランに問いかける。
最近は騎士団での仕事が忙しく、帰ってきていないと聞いていた。そしてそれは実際そうらしく、フローリアもアランが戻ってこられるかはわからない、と言っていた。
しかしノルンの前には機嫌が良いことを全面に出したアランがノルンを見つめていた。
「ん?あぁ。今日は皆で夕食をとると師匠から聞いていたからな。…まぁ、本当は…忙しかったんだが…、さすがに家族揃ってでの夕食くらいは帰れと言われてしまってな」
アランは眉を下げて少し困ったように笑う。
なるほど、とノルンは納得する。
執務室に缶詰状態になっていたアランを休ませたいとアランの部下が気を使ってくれたのだろう。
すると、アランとノルンを横で見ていたレオが小さくため息を落とす。
「…兄さん。コートくらい脱がせてあげなよ」
「ん…?おっと、そうだったな。すまない。それじゃあ俺は師匠の手伝いをしてくるからそれまでゆっくりしていてくれ」
「はい」
「ありがとうございます。アランさん」
アランが戻って行ったところでノルンはようやくマフラーに手をかけ、するすると解くと、次にコートを脱いでハンガーにかけた。
「…すごくいい匂い」
同様に分厚いコートを脱ぎながらアオイはくんくんと鼻を鳴らすと表情をほころばせる。
アオイの言葉にノルンもすんすんと小さく鼻を鳴らせば美味しそうな料理の匂いが鼻腔を擽った。
「料理ならもうすぐ出来るから先に暖炉の前で身体、あっためといたら」
「ありがとうレオ。僕にも何か手伝えることあるかな」
「大丈夫だからノルンと一緒に暖炉で待ってて」
「そっか。うん、わかった。ありがとう」
レオはそういうなりフローリアが居るのであろうキッチンへと入っていく。
すかさずノルンもついて行こうとしたが、レオに頬と鼻先が赤く染っている様子を見られると、むっとした顔をされて無言の圧力を受けたために大人しくアオイと共に暖炉にあたりにやってくるのだった。
暖炉の前にやってくれば既にここ数日のお決まりとなったようにブランの背中にアトラスが寄りかかるようにして、寛いでいた。
その表情に普段の頼もしさはなく、ただ全ての表情筋を緩めたようなご満悦の様子のあアトラスがそこにはいた。
ついでにアトラスの横にポーラもちょこんと隣合って座っており、その微笑ましい光景に思わずアオイも表情を緩めた。
そこにアオイとノルンも腰を下ろせば料理を待つ間に和やかな時間が流れていた。




