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norn.  作者: 羽衣あかり
“狂戦士と少女”
241/259

240.一等星

 ___僕に、剣を…教えてください…っ…。


 アランに追いつくなり、アオイはそう口にすると勢いよくアランに向かって頭を下げた。

 突然の出来事に思わず呆気にとられ、驚いたようにアランは薄くその瞳を見開かせる。


「…アオイ…。頭を上げてくれ…。どうしたんだ?一体…」


 はっとしたアランが焦ったようにアオイにそう言えばアオイはゆっくりとその顔をあげる。

 それは先程朗らかに柔らかな笑みを見せていた表情とはうってかわって、アオイの表情は真剣そのものだった。


「…アオイ。理由を…聞かせてくれないか?」


 アランはアオイに静かに語りかけるように問う。


「…勿論旅をしていく上で強くなるに越したことはない…が、しかし…以前少しの間だけだったが、手合わせをして君の実力はおよそ把握しているつもりだ」


 それはまだアオイがノルンの旅について行く前の事。

 アオイは少しの間このフォーリオに滞在していた。

 その際にアオイは国家騎士団隊長であるアランとノルンを通じて知り合い、アランに声をかけられたことから少しばかり手合わせをして、それから指導をしてもらった経験があった。


「…君の実力は(イーグル)の騎士と比べても遜色のないほどのものだった。それに、先程の話では…アオイ、君はノルン達と共に迷宮でワイバーンを倒したんだろう?」


 アランの言葉に視線落としたアオイの肩が僅かに揺れる。


「ノルンがワイバーンに止めを刺したのはアオイ…君だと言っていた」


 そこまで言うとアランは優しくアオイを励ますように表情を緩めた。


(イーグル)の中でも、ワイバーンと渡り合える騎士など…何人いることか。俺も…ワイバーン相手に勝てるかどうかはわからないしな」


 アランはそう言って白い歯を見せて笑うと、優しくアオイの肩に手を置いた。


「…ノルンも…すごく助けられていると手紙でよく言っている」


 アランはアオイの肩から手を下ろすと一転してふっと息を吐き出し表情を緩める。

 その瞬間表情は一瞬で兄としての顔つきに代わり、アランはとても優しげな瞳でアオイを見つめたのだった。


「……………がうんです」

「…ん?」


 しかしアオイから聞こえてきたのはどうもアランの言葉を肯定し喜ぶようなものではなかった。

 小さく呟かれた言葉にアランは首を傾げる。

 そこでアランは気づく。

 俯いたアオイの両手の拳がきつく握られ、その肩がふるりと震えていることに。


「…違うんです。アランさん…」


 今度はアランにも確かに聞き取ることができた。


「…アオイ?」

「…違…うんです。今の僕は…僕には、本当に…力が足りないんです…」


 聞こえてきた声は感情を無理やり押し殺すように、無理に呼吸を整えて話しているようなそんな声だった。

 その声色にアランは驚きながらも、薄く開いていた瞳を細めると真剣な表情でアオイと向き合う。


「…迷宮の時も…そうでした。…ワイバーンを追い詰めたのは…間違いなくノルンちゃんで…。僕はただ、あくまで…本当に…止めをさしただけでした」


 それに。アオイはそう呟くと俯かせていた表情をゆっくりと上げた。

 真っ直ぐとアランを正面から射抜くアクアマリンの瞳。それから悔しさを噛み締めるようにきつく結ばれた口元。焦りを表すかのように顰められた眉。

 そんなアオイの口かは零れたのは止むことのない後悔の言葉だった。


「…ゲイルさんに…襲われた時も、そうでした」

「…ゲイル…?」

「…はい。あの時…僕は…ゲイルさんと対戦した時…僕は、ゲイルさんに投げ飛ばされ、木に頭を強く打ち付けて…意識を飛ばしてしまいました」


 アオイはその時の事を思い出しているかのように一層険しい表情を顰める。

 霞む視界の中、驚いたように目を見開くノルンの姿が見えて、それから次に目を覚ました時には戦闘音は止んでいた。

 アトラスに起こされて、ノルンの元へ辿たどしい足取りで進めば、吐血をしてぐったりと倒れ込む意識のない男の子に、男の子を腕に抱いたゲイル。

 初めは何も状況を理解することが出来なかったが、軽く説明をしてもらえば意識を取り戻したばかりのアオイといえども何とか事情を察した。


「…ノルンちゃんは、あの時、ゲイルさんの弟さんを助けようとしていました。…でも、ノルンちゃんはどこか不安そうで…ゲイルさんの弟さんを治療することに不安を抱いている様子でした」


 アオイの口からぽつりぽつりと話される内容にアランは静かにただ耳を傾ける。


「……その時、どうしようもなく、情けなくて……自分自身に酷く腹がたったんです」


 アオイがそう言うとアランははっとする。

 アオイは爪が食い込むほど拳を強く握りしめた。


「…僕が、もっと強かったら…気絶なんてしないで、もっとゲイルさんと対等に渡り合えていたら…みんなを、守ることが出来るほどの実力があったら…。…ノルンちゃんは々…」


 ___ノルンちゃんは…。


「…あの時、不安に迷うことも…ゲイルさんに怯えることも無かったんじゃないかなって、」


 アオイは脳裏に旅をしてから一番傍で見守ってきたノルンを思い浮かべる。


 彼女は何時だって、

 ___困っている人がいれば手を差し伸べ、

 ___酷く不器用ながらも、必死に、人に、寄り添おうとしていた。

 そして、それは、たくさんの人の心に唯一無二の光を灯した。


 アオイ自身、間違いなく自分もその内の一人であると感じている。

 何時だって、彼女は純粋無垢に、美しい瞳に人をうつしては、躊躇なく素直な言葉を口にする。

 嘘は言わない。

 嘘が付けない。

 そんな彼女からの言葉が、どれだけ人を救ってきたのか彼女は___ノルンちゃんはきっと知らないと思うけれど。

 だけど。

 僕は確かに___君に救われた日があったから。

 毎日ノルンちゃんと旅を出来ることが、皆と笑いあって進む日々がどれだけ眩しいか。

 どれだけ、僕にとってノルンちゃんが救いになっているか。


「…ノルンちゃんは…すごく…すごく、優しいんです」

「……………」

「…誰よりも、本当に…誰よりも、優しいから……」


 ___だから。


(…もし、ノルンちゃんが、誰かに手を差し伸べたいと、そう、思った時があるのなら、)


 __僕は。


「…僕は…ノルンちゃんの優しさを…肯定してあげられる人間でいたい」


 ばっと顔を上げたアオイがアランに強く畳み掛ける。

 そしてもう一度、強く、強く、懇願する。


「…お忙しいことは重々承知しています。…それでも…僕に、剣を、教えてください」


 お願いします、アランさん。

 そう、口にしたアオイに、アランはしばらく目を見開いていた。

 しかし、アオイの覚悟が、思いが届いたのか少しした後にふっと息を吐く優しげな笑い声がアオイの耳に届いた。


 アオイが再び下げていた頭をゆっくりとあげて、ちらりとアランの表情を除きみれば、アランはそれはそれはひどく優しげな笑みを浮かべて、それからゆっくりと口を開いたのだった。




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