239.懇願
約2日前____。
フォーリオに到着し、無事フローリア、アラン、レオの無事を確かめることができたその日。
お互いの情報交換を済ませた後、アランは素早く分厚いコートを羽織るとフローリアの家を去ってしまった。
何でもここ最近仕事が立て込んでおり、現在もノルンが帰ってきたとの報せを受けて数時間だけと部下に説明をして仕事を抜け出してきて居たようだった。
相変わらず各地では魔物が増加傾向にあり、被害者数も右肩上がりらしい。
それに加えここに来て、突如舞い込んできた闇の組織の復活の予兆。
国家騎士団の隊長を担うアランとしては寝る暇もないほど頭を抱えているのだろう。
フローリアの家を出ていく際には普段通り眩しい笑みを浮かべノルンの頭を軽く撫で去っていったアランだが、その目の下にできた隈にはノルンも気づいていただろう。
先程の話し合いの中で数日はこの地フォーリオに滞在することが決まった。
既にみな自由気ままに過ごしており、暖炉の前から動くことのないアトラスとは反対にポーラはノルンに一声かけるとブランを連れて家の外に飛び出していた。
多方遊び足りないのだろう。
アオイがちらりと視線を窓の外に移せば白銀世界の中で、すっかり同化して遊ぶポーラとブランが居た。
アオイはそんなポーラ達を見つめて思わず表情を緩める。
しかし何を思ったのかその表情はすぐに引き締まったものに変わる。
「…ノルンちゃん、僕も少し出てきていいかな?」
「はい。勿論です。アオイさん。外は寒いので、お気をつけください」
「うん。ありがとう」
先程と変わらず机につきーフローリアと向かい合い旅立ちからの出来事をフローリアに話すノルンにアオイも一言声をかける。
相変わらずのさり気ない小さな気遣いにアオイは頬をほころばせると、そっとその場を立ち去った。
フローリアの家を出る前に以前ハニー・ウッドの街で手に入れた分厚いコートを羽織り薄手の手袋をはめる。
そして、こっそりとコートの横に立てかけてあった剣を腰にさすとアオイは静かにフローリアの家を後にしたのだった。
「…はぁ…」
家から出た途端しんとした寒さに思わず身をふるりと震わせる。
思わずはぁ、と口から息を吐けば外の世界に触れて急激に冷やされた吐息が白く染まる。
それを目で追いながら首元の襟を少し上にあげて口元を隠す。
アオイの暮らしていた地域は比較的雪が振りにくい地域だった。
年に数回降ったとしてもそれは粉雪程のもので到底積もるには至らない。
そのため、心のどこかでアオイ自信ポーラと同じように雪に対する憧れはあった。
実際に雪山の麓であるフォーリオにやって来て見てその比べ物にならないほどの寒さと足を進める大変さは身をもって知ることができた。
それでもほんの少しはやはり一面の銀世界に心をときめかせてしまう。
思わず辺りを見渡しながらも、アオイはとある場所を目指して小さくよし、と意気込むとその足を進めて行ったのだった。
「…はぁ………はぁ……」
まだ降り積ったばかりの雪は柔らかく、足を重くさせるほどのものではなかった。
新雪を踏みしめながらアオイは新雪の上にできた真新しい大きな靴跡を追うように歩いていく。
大きさからしてアオイよりも少し大きいだろうか。
アオイは気づけばフローリアの家を出た時よりも速歩でその足跡を追いかけていた。
同時に早くなった呼吸だけがしんとした世界で耳に残る。
(…ぁ………)
ふと顔を上げた際に道の先に特徴的な目を引く赤いマントがひらりとはためいた。
その人物はかなり早いスピードでずんずんと先へと進んでいく。
アオイは思わず駆け出していた。
そしてその人物を呼び止めるように口を開いた。
「…ぁっ…待ってください…!……アランさんっ…!!」
そう、アオイが追いかけていたのは先程まで一緒にいたアランだった。
アランはアオイの声が聞こえたのかぴたりと足を止めると、ゆっくりと振り返る。
そしてアオイの姿を捉えると少し驚いて、それから柔らかな笑みを浮かべた。
「アオイじゃないか。どうしたんだ?一人で」
「………はぁ……はぁ」
立ち止まったアランに追いついたアオイの頬と鼻先は微かに赤くなっていた。
息を整えるアオイを急かすことなくアランは優しげな表情でアオイの言葉を待っていた。
アランを目の前にしてアオイは思わずその体格に目を奪われる。
自分よりも高い身長に、決して大柄ではないのに服の上からでもわかるほど鍛え抜かれた体格。
アオイは幼い頃から同年代の歳の子どもよりも体格が恵まれていなかった。
村の子供の中でも身長は必ずと言っていいほど前から数えた方が早かったし、少しずつ歳を重ねてもそれはずっと変わらず。
村の子どもから身長のことでからかわれる事も日常茶飯事だった。
それでもここ一年で少しずつ成長期のピークに達したのか少しずつ身長は伸び始めている。
現に去年ノルンと再開した時にはまだノルンの少し上程度だった身長も今では少しずつ差が広がり始めている。
それでも、アオイは思わずアランの視線に合わせるように顔を上げて思う。
まだまだ到底適う気がしない、と。
そもそもアランとアオイでは旅人と騎士という事で立場からして違うのだが、それを差し置いたとしても、アランは誰が見ても彼が居てくれればもう大丈夫だという安心感がそこにはあった。
「…………………」
「ん?」
アランは柔らかな笑みを浮かべて首を傾げる。
アオイはその瞬間、両の手の拳をぎゅっと握りしめるとぱっと顔を上げた。
「…アランさん。…僕に…剣を教えてください…ッ」
そう口にしたアオイの表情はとても真剣でアランはどこか驚いたように静かに息を呑んだのだった。




