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norn.  作者: 羽衣あかり
“少年と少女”
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23.不穏な空気

 ノルンとは今日会ったばかりだ。もし過去に一度会っていたとしても10年も前。そしてノルンが覚えているのかも分からない。

 そんな、それだけの相手である自分が、ノルンのことをビルに知られたくなかっただなんて、烏滸がましい。思わずアオイは顔をあげられず、俯いた。


 ビルがいつもの様に大きな声で、大きなリアクションで話す声をどこか遠くのことのように聞きながらアオイは自分の心が狭く、醜く感じて何も言えなかった。


「アトラスとノルンちゃんはアオイとはどういう関係なんだ?」


 急に鮮明にビルの声が耳に届く。


「アオイは今日、この村のある人に用事があった俺たちを案内してくれたんだ」


 そう、アトラスが言った。その通りだ。それが全て。それだけ。ビルとなんら変わりない。今日初めて会った人。

 俯くアオイには、口を開きかけてアトラスの言葉に少し口を開いたノルンが見えなかった。そしてノルンの視線がアオイに向いていたということも。


「ノルンちゃんはさ!この後用事ある?」


 アオイを見つめるノルンに嫉妬したのか、強引にビルが話題をノルンに振る。


「…いいえ。ですが、そろそろ暗くなってきたので帰ろうと思います」

「えー!せっかくだしもうちょっとゆっくりしていきなよ!俺奢るしさ!晩御飯でもどう?」


 ビルの言葉にノルンは一度口を開いてから、伝え方を考えるように口を噤む。そのやり取りは思わずアオイは視線をあげる。


「ビル。駄目だよ。ノルンちゃん達だって家に帰らなきゃ」


 思わずよくない流れにそう口にする。しかしノルンの様子にアオイが助け舟を出そうとするも、ガッとビルに肩を組まれ、耳元で小声で言われる。


「アオイは呑気だな!こんな女神みたいに可愛い子と会えることないぜ!?」


 わかっている。彼女ももう会えないかもしれないことは。だからもう少しだけでも話したかった。でもどうしてもこの場でそれを言い出すことは出来なかった。

 それよりも、彼女が困っているならば帰してあげたい。


「そうだ!じゃあせめてあと少しだけでもどう!?この村には有名な菓子屋があってさ。こいつそこの息子なんだ」

「えっ」


 急にビルが自分の家の話をしたことに驚く。そして何故だかこの後何か自分に嫌なことが起こる予感のように胸がざわざわと音を立てた。


「ノルンちゃん、甘いもの好き?」


 先程まで少し居づらそうにしていたノルンだが、ビルにそう聞かれると、ゆっくりと頷いた。


「はい。甘いものは好きです」

「ノルンは食べ物に、特にスイーツに目がないからなぁ」


 ノルンの言葉に隣でアトラスも何故か遠い目をしてうんうんと頷いていた。

 そっか。甘いもの好きなんだ。ノルンの好きなものを知ることができて、少しだけ胸のざわめきが和らぐ。


「お!じゃあこいつの店行こうぜ!なんならこいつに作ってもらうか?」

「え?」


 ノルンちゃんの小さな声と僕の声が重なる。

 胸が嫌なざわめきで荒れる。

 ビルに何か言われる予感のようなもの。


「こいつ、昔よくケーキとか作っててよ?女みたいだろ?今では作ってないって言ってるけどほんとかよ?なぁアオイ」


 揶揄うようにビルが言った。胸を撃ち抜かれたようだった。ノルンの顔を見ることが出来ない。どうしてか、彼女の前だけでは言わないで欲しかった。呼吸の仕方を忘れたように呼吸が乱れ、苦しい。

 女みたい。

 その言葉でアオイは昔大いに傷つけられた。ビルにそんなつもりはなくとも、自分のやっていることは女の子のようだと。今まで考えたことのなかった、感じたことの無い強烈な羞恥心でいっぱいになった。

 そしてそれは今。初めて言われた時と同じようにアオイの心を締め付けた。


「そう、ですか」


 ノルンの声が聞こえる。

 すぐにそんなことないよ、と返せばよかったのに。昔本当に少し手伝いでやっていただけだと。今はもう随分作っていないと言えばよかったのに。

 なんて言われるだろう。男らしくないと思われただろうか。

 ノルンが次の言葉を発するまでの時間、時が止まったように感じた。ノルンはアオイの視界の外でゆっくりと口を開いた。


「…それは、とても素敵ですね」

「…………………………え?」


 ゆっくりと耳に彼女の言葉が流れ込んでくる。優しく風を伝って、確かな温かさを持って。

 それはアオイが想像していた言葉ではなかった。

 アオイはゆっくりと顔を上げる。

 その蒼の瞳は困惑で揺れていた。

 そこにはアオイにその宝石の瞳を向けて、優しく微笑むノルンがいた。


「…っ」


 何かが喉につっかえたようだった。

 そんなことを、言ってくれると思っていなくて。

 そんなこと、今まで誰にも言われたことがなくて。

 初めて、微笑みを向けてくれた彼女はまるで。

 淡い空を全て味方につけたように、微笑う彼女はまるで。女神様みたいで僕は一生この一時を忘れないだろうと思った。


「…え。あー、だよな。俺にはできねぇ」


 隣で予想外の反応を食らったようにビルは言葉を探しているようだった。


「ふむ」


 少しの気まずい空気になった僕たちを見てアトラスはそう、小さく頷いてどこか不敵に笑うのだった。


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