238.学者と難解な書物
粗方アランからの贈り物を収納し終えた頃。
ノルンは新しく手に入った本だけは手元において暖炉の前の絨毯の上に座ると本を再びぱらぱらと手に取って眺めていた。
「それよりさっきは何してたの?また魔法の勉強?」
重い箱を運び終え、ふぅ、と軽く息を吐き腰に手を当てたレオがノルンにと問いかける。
ノルンはレオの言葉を聞くと、手元の本をぱたりと閉じて、それから緩く首を左右に振った。
「…いえ、そうではなく…。少し、調べ物をしていました」
「調べ物?」
「はい」
そう、ノルンが先程書庫で探していたのはある本を探していためだ。
ノルンはレオから視線をそらすと近くに置いてあったトランクの前に少し移動してそれからパチリとトランクの留め具を外す。
そしてトランクから一冊の本を取り出すと、ノルンは顔を上げた。
「…それは?」
レオは軽く首を傾げてノルンの手元の本を見る。
恐らくかなり古い時代の本なのだろう。
装丁は痛み、かなり傷んでしまっていることが分かる。
「…これは、以前お話した迷宮の最深部に置かれていた本です」
「…迷宮に?」
「はい」
ノルンの言葉にレオはぴくりと眉を動かし、少し興味を示したようだった。
ノルンは頷きと手元の本をレオに差し出す。
レオもそれを中身を見てもいいと受け取ったようで擦り切れて題名も分からない本の表紙を撫でてから分厚い表紙を開いた。
その瞬間レオの目がゆっくりと見開かれていく。
「…………ノルン、これは……」
「はい。古代文字です」
「…それも、特殊な古代文字だ」
レオは本から視線を逸らさずぱらぱらとページを捲っていく。
そしてしばらくした後で本からゆっくりと顔を上げてノルンを見つめた。
「…ノルンはこれを読めたの?」
その返事にノルンは無言で残念そうに首を振る。
「…そっか。なるほど。ノルンは書庫で古代ハルジア文字…それも、この特殊な古代文字の解読指南書がないのか探していたんだな」
「はい」
レオは納得したように頷いたあと、それから少し考えるようにして手元の本を見つめる。
そして、ゆっくりと顔を上げてノルンと視線を合わせる。
「…ノルン。もし良かったら、これ、僕に解読させてくれないか」
「…ぇ」
真剣な瞳に見つめられ、ノルンは考えても見なかった言葉に少し驚きを露わにする。
「勿論無理強いはしない。…ただ、ノルンは旅の事もあるだろうし…ゆっくり解読する時間もとれないようだったら…と思って」
レオは少し居心地が悪そうに視線を逸らしてそう呟く。
たしかに、迷宮に入ったのは少し前のことだが、この本を手に入れてからというもの解読をしたいと思う反面、必要な時間と資料もなく、解読は一向に進んでいなかった。
本当に少し分かったことといえば、これは恐らく誰かの残した手記であるということ。
(…レオが…解読を…)
改めてノルンはレオを見上げる。
レオは占星術師であり、占星術を学ぶにあたり、様々な本を読み込んできた。
占星術も魔法と同じく、はるか昔から培われてきた学問で本の中には古代文字で記されているものも多い。
考えてみればノルンと同様、むしろそれ以上にレオの方が古代文字を読みといてきたのかもしれない。
レオは学者であるが故に、ノルンと同じく心の内に秘めた探究心を抑えられない時がある。
それは現に今も顕著に現れている。
目の前にあるのは謎に包まれた誰が書いたのかも、どんな内容が書かれているのかもしれないはるか昔に書かれた古代の本。
そんな本が目の前にあって手を出さずにいられない気持ちをノルンはよく理解できる。
気づけばノルンは静かに頷いていた。
「…はい。それではお願いします。レオ。この本の解読を」
ノルンがそう言えばレオは少し肩を揺らしてそれから珍しく表情を和らげて見せた。
「…うん。わかった。また、何が書いてあるのか分かったらすぐにノルンに伝える」
「はい」
既にレオの好奇心は本に釘付けのようで、解読を任された瞬間レオは再びぱらぱらと本に目を通し始めた。
そして、その後すぐにノルンにもう一度書庫に入らせてほしいとお願いをした。
レオの頼みにノルンは二つ返事で頷く。
「…構いませんが…」
「ノルンが居るうちに、ノルンの書庫に参考になる文献があったら借りていきたい」
「…なるほど。それでは私ももう一度探してみます」
「うん」
ノルンはちらりともう一度レオの手に渡った本を眺める。
一切の内容、著者も不明の本___。
しかしその本にはどこか、重要なことが記されてあるような気がしてならなかった。
そもそも迷宮に封印されているように、否、それとも守られているようにだろうか。
迷宮の最深部にひっそりと置かれていた本。
本の表紙にはめ込まれている宝石だけがきらりと光を透過する度に反射して輝いている。
___この本には一体何が書かれているのだろうか。
そして、あんな迷宮の最深部に一体誰が何のために。
考えれば考えるほど謎が深まるばかりの本に思わず好奇心を擽られながら結局ノルンとレオはその後数時間、アトラスとアオイが二人を探し呼びに来るまで文献探しに勤しんだのだった。




