236.“星辰祭”
いつしか窓を震わせる風は落ち着き、雪雲を立ち込めていた空は雲の影の合間から薄らと眩しい太陽が一筋の光を落としていた。
雪に未だ好奇心を駆られて仕方ないポーラは話し合いが終わったテーブルの椅子から床に降り立つと駆け足で窓のへりにジャンプして輝いた瞳で数十cm程積もった雪を眺めていた。
「ねぇ、ノルン。それでもやはり心配だわ…。まだ事も起こったばかりだし、数日の間だけでもここで休んでいってはくれないかしら…?」
テーブルには未だフローリアとノルンが座り、フローリアは心配そうにノルンを見つめていた。
ノルンはフローリアの言葉に押し黙る。
予定ではアラン、レオ、フローリアの3人の無事を確認次第、フォーリオを発ち再び旅路に戻る予定だった。
「そうだな。ノルン、それなら少しは俺達も安心だ…。ぜひそうしてくれないか…?」
立ち上がり、既に騎士団の駐屯地へ戻るつもりなのか柔らかな毛皮があしらわれたマントを身につけるアランもノルンを振り返る。
ノルンは思わずぴくりと眉を寄せた。
そして、少しばかり困ったように眉を下げて、アランからフローリアへと視線を移し、きゅっと口元を結ぶと視線を彷徨わせる。
どうにもノルンは人から頼み事をされる事に弱いようだった。
特に恩師であるフローリアの願い事は特に。
フローリアが心配の色を浮かべた瞳を向けているだけで、ノルンは何も言えなくなってしまう。
そして、遂にはノルンは気づかれないほどに小さな息をはいた。
そして観念したように顔をあげる。
「…わかり、ました。…では、数日だけ…」
ノルンがそういえば、その瞬間フローリアとアランは途端に表情を明るくさせる。
そしてにこにことした笑みを浮かべて二人は嬉しそうに、そして安心したように胸を撫で下ろしたのだった。
そんな二人の様子を見て、ノルンはちらりと立ち上がっていたアトラスとアオイに視線を向ける。
またしても勝手に予定を変更してしまい、申し訳なさからノルンは眉を下げて二人に声をかける。
「…アル。アオイさん、すみません…」
しかし二人は全く気にしていないというように明るく笑みを浮かべる。
「僕たちは全然大丈夫だよ。ね、アトラス」
「おう。むしろこんな吹雪の中出られないしな。俺は賛成だぜ」
アトラスはとてもいい笑顔でそういうなり、既に暖炉に向かい歩き始め、暖炉の前で眠っていたブランに寄りかかるようにして座ると、緩む表情で暖を取り始めていた。
「ま、いいんじゃない。丁度3日後には星辰祭があるんだし」
そこで今まで静かに本を開いていたレオが視線を上げて言う。
初めて聞く言葉にノルン達フォーリオに住む者以外のポーラ、アオイは首を傾げてレオの言葉を復唱する。
「せいしんさい…?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「ん?なぁんかそんな祭りの日があったような…」
窓から振り返ったポーラは小さな可愛らしい足音を立てて、ノルン達に近づく。
アトラスは一度ノルンと共にノルンの家で冬を越した事があり、その際に一度経験しているため、朧気ながらも記憶には残っているようだった。
「…えっと…それは一体…」
アオイが尋ねるように聞けば、レオは開いていた本をぱたりと閉じて、それからかけていた眼鏡を外す。
「星辰祭…正式名称は“星辰祈祭”。この街で毎年行われてる…まぁ…祭りの日のようなものだよ」
レオが言葉を切ると今度はノルンが漢字の羅列に頭を悩ませているポーラと視線を合わせ、わかりやすく言葉を噛み砕く。
「…フォーリオは“星の降る街”と言われているように、星空がとても美しい街です。ここでは、そんな星に祈りを捧げ、祝う日が年に一度訪れます」
「そっかぁ。それじゃあそれが…」
「はい。星辰祭です」
アオイの言葉に頷くと、今度はアランが笑顔でポーラと視線を合わせ口を開く。
「街を飾り付けて、歌ったり踊ったりするんだ。美味しいものもたくさんあるぞ」
「わぁぁぁ〜」
快活に笑うアランにポーラは人見知りを忘れたかのように瞳を煌めかせる。
その様子にくすくすとフローリアは微笑む。
「ふふ。星は昔から私たち魔法使いの魔力の源だとされてきたわ。だから煌めく星々に感謝をして祈りを捧げるの」
「なるほど…それで星辰祈祭なんですね」
フローリアは優しく微笑んで「えぇ」と頷く。
「…それ以外にももう一つ星辰祭には意味がある」
「意味…?」
レオの言葉にアオイが首を傾げればレオは澄んだ瞳でアオイを見つめ頷く。
「…星辰祭の日には故人が帰ってくる、という意味合いがある」
「…亡くなった人が…?」
「…はい。そう信じられているのです。だからフォーリオでは星の巡りに感謝と祈りを捧げます」
「星辰祭の日には皆“蒼蝶”と呼ばれる紙に祈りを込めて空へ飛ばすんだ」
「…蒼蝶…」
「…とても、幻想的で美しい風景です。今回は街には降りることは出来ませんが…星辰祭の日には少し街が見渡せる場所まで行きましょう。きっと、綺麗ですから」
優しげにノルンがそう言って頬を緩めればアオイとポーラは瞳を合わせて嬉しそうに微笑む。
礼をいう二人にノルンは首優しく左右に振り、それから静かに脳内で幾度となく、目にしてきた美しい光景を思い浮かべた。
何度見ても心奪われてきた星辰祭の日の景色。
それでも、今は、アオイとポーラにその景色を見せられるということが静かにノルンの心を暖めていた。




