234.死神の回帰
突如聞いた朗報にフローリアは涙を拭いながら、ノルンにほほ笑みかけ、事の経緯を問うた。
そこでアオイが端的に起こった出来事を口にすればフローリアとレオ、アランは更に驚いたように目を丸くした。
「…まぁ、…まぁまぁ」
「迷宮…だと?迷宮に入ったのか…!?」
「…………」
口を手で覆うフローリアの横でレオは目を見開きノルン達を見つめる。
「何だ。ノルン、アラン達に行言ってなかったのか?」
「はい。心配を…おかけするかもしれないと思ったので」
きょとんとした顔でノルンを見つめたアトラス。
それに対してノルンは普段と変わらぬ真顔でなんてことのない様に頷いた。
「…い…いや、しんぱ……ぅ…うん、そう、だな…。とにかく、無事で良かった…。だが…ノルン、これからは…その出来ることならば伝えて欲しい…。頼む…」
「はい。承知しました」
アランはノルンの返事にうっ、と言葉を詰まらせるとそれから言葉を慎重に選ぶように時折言葉を途切れさせながら、それでも最後はノルンに懇願した。
アランの言葉にノルンは素直に頷いてみせるが、その横でアランとノルン以外の者たちがアランを不憫そうに見つめていたことにノルンは当然気が付かなかった。
「…ま、とにかくだ。思い出話は後にしよう。少し、話を整理するぞ」
和やかに思い出話に移行してしまいそうだった所を、アトラスが引き締めるようにそう言って全員を見渡した。
話の整理、というのはやはり先程の話だろう。
ノルンは静かに視線をアトラスに向けた。
「…あぁ。そうだな。アトラスの言う通りだ。警戒するに越したことはないからな」
「…話の整理…さっきのゲイルさん達の事ですか…?」
「あぁ。そうだ」
アオイが問えば、アランとアトラスは真剣な顔で頷く。
「…整理、とは…」
どういう意味だろうか。
ノルンも不思議そうに微かに首を傾けてアトラスを見つめる。
しかしその先はアランが引き継いだ。
「…つまり、“狂戦士”ゲイルとマレウスの繋がり…それから彼らが仲間であった場合の“闇の眷属”の目的…考えうるこの先の動向。また…」
そこでアランは一度言葉を途切れさせると、一気に表情を険しくさせた。
そして、一層声を低くさせて、口を開いた。
「…“夜哭の死神”ラグラスの存在についてだ」
口にする事さえ、慎重にならざるを得ない。
その名を口にしただけで、空気は一瞬にして変わり、一気に緊張が張り詰める。
___“夜哭の死神”…またの呼び名をラグラス。
それはイアの戦い、またヘレナの戦いの首謀者とされている人物であり、彼の従者“闇の眷属”と恐れられる組織の頂点にたつ男。
先程のフローリアが話してくれた“昔話”によれば近年でハルジア大陸を震撼させた最も恐れられる男だ。
仮にゲイルが本当に“闇の眷属”の組織の一員だとするならば、当然その頂点に立つ存在を忘れてはならない。
「…師匠の先程のお話によれば…その方はヘレナの戦いで…大きな深手を負われたのですよね」
ノルンが確認するようにそう言えば、フローリアは神妙な顔を持ち上げて「えぇ…」と頷いて見せた。
「…だけど、その後“死神”は部下と共に姿を消した。それ以降の動向は勿論…生死についても何も、情報は無かったはずだ」
レオはあくまで淡々と事実を口にする。
レオは研究者という性分からなのか物事を追求する事が得意なようだった。いや、追求せざるを得ないと言った方が正しいだろうか。
そしてそれは研究だけに留まらず世界の情勢についても彼の中では適用されるようで、レオは様々な分野の情報にとても詳しかった。
そして、そのレオの言葉に間違いはないらしく、レオの隣で静かにアランが悔しげに頷いた。
「レオの言う通りだ。…しかし、“狂戦士”が今、“ノクス”と名乗ったことを考えるならば___」
アランはぐっと拳を力強く握る。
ノルンはアランの言いたいことが理解出来た気がした。次に彼が何を言おうとしているのか___。
そして、それは________もし、それが事実だとするならば、再びハルジア大陸に恐ろしい恐怖の日々が訪れるのだということも。
アオイもアランの言葉の先を理解したのか、瞳を見開き言葉は出ずに絶句した表情を浮かべている。
ノルンは静かに瞼を伏せた。
脳内に___既に遠い過去になって、はっきりと輪郭さえ掴めない…けれど柔らかなほぼ笑みを浮かべダークブラウンの髪を揺らす女性が思い浮かぶ。
____“…………”。
白いもやがかかった女性は優しげな口元を微かに開いた。そして優しく名を呼ばれた気がした。
“ノルン”と………___。
ノルンはゆっくりと長く柔らかなまつ毛を上げる。
ノルンの瞳から影が消えるとノルンは静かに誰も口にすることの出来ない、仮説の事実を口にした。
「___生きているかもしれないのですね」
ノルンの声に険しい表情を…または哀しげな表情を、絶句した表情を浮かべたもの達は顔を上げ、視線をノルンに集めた。
「…“夜哭の死神”…ラグラス様が」
ノルンの確信をつく言葉にフローリアは肩を震わせる。
(…マレウス様が…魔法使いを探していた)
___そして、ゲイルは捕らわれたマレウスを救出しにやって来た。
そんなゲイルとマレウスが仲間であり、“闇の眷属”の一員であった場合。
考えられることは___
「…マレウス様の魔法使い狩りが…単独ではなく、組織単位のものであった場合___」
「…ノルン、」
フローリアは酷く顔を歪め、ノルンの言葉の先を見透かし、止めるように名を呼んだ。
しかし、ノルンはフローリアを一瞥して、それから静かに一度目を閉じて、再び開くとゆっくりと口を開いた。
___恐らく、これは私が認め、警戒をしなければならない事。だから___
「___“夜哭の死神”ラグラス様は再び“魔力”を狙い、魔法使いを襲うかもしれないと、考えられる」
「…ノルンちゃん…」
「そういう事ですね」
透き通る声は一切の揺らぎもなく、そこには恐怖もなかった。
ただ、あくまでいつもと変わらぬ淡々とした声で。
美しい宝石瞳を揺らすこともなく___。
ただ、静かに、少女は事実を胸に受け止めたのだった。
___“死神”が回帰したのかもしれない、という恐るべき事実を。




