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norn.  作者: 羽衣あかり
“狂戦士と少女”
234/265

233.涙の報告

 ___そんな、表情(かお)を、君は、するように、なったのか。

 できるように、なったのか。


 目の前に座る、美しいまるで人形のような妹にアランは、そう、思った。

 何時だって、自分の妹は危機に晒されてきた。

 幼い美空で残酷な、世界を目の当たりにした。

 かつての、妹はその瞳に色などはなく、ただ、世界に絶望していた。

 何に対しても、一切の興味も、示さなかった。


 母親を失った。

 愛しい家族を、失った。

 一夜にして、世界は彼女の全てを変貌させた。


 彼女は笑顔を見せることはなかった。

 微笑(わら)うことはなかった。

 怒ることもなかった。

 悲しみにくれることもなかった。

 意志を告げることもなかった。

 ただ、従順だった。

 拾われたフローリアに、そしてフローリアが保護するアランに、レオに、従順だった。

 それはまるで本物の人形の様に。

 真っ白な雪のような傷一つない肌は自分達と同じ血が通っているのかと疑ってしまうほど。

 彼女に温度はあるのかと、不安になるほど。


 そんな妹が、今、確かに、目の前で___必死に瞳に貼った水を零れさせまいと、堪えるように薄い唇を結ぶ。

 眉は寄せられて、瞳は潤んで、美しい星空が、揺れて___。

 頬を微かに染めて、アランを、レオを、フローリアを見つめていた。

 その顔はまるで、必死に泣くのを堪えている小さな子どもで。

 そしてその小さな口から必死に彼女は零した。


 ___“生きて”いるのだと。


 彼女が、この街へ来てからというもの十年以上にわたって探し続けていた家族。

 彼女に遺されたたった一人の家族である、彼女の父親が。


「…………ノルン」


 アランの口からぽろりと零れる。

 鼻の奥がツンとした気がして、目の奥が熱くなった。

 それでも、アランは時が止まってしまったかのようにノルンから目を離すことはない。

 静かに、顔を歪める妹の姿を瞳に焼き付けるように、見つめ続けたのだった。


 ノルンの口から発せられた言葉にフローリアとレオは声が出ないほどに驚いている様子だった。

 どんな縁か___運命か。

 ノルンの家族の詳細は一切分からなかった。

 ノルンの母親がベルという女性であり、その女性がノルンの父親であるとされるシリウス・スノーホワイトと何処かで待ち合わせをする予定だったという事以外は何も。

 ノルンの故郷が、生まれた家が何処なのか、何も情報がなかった。

 ただ戦火から、愛する娘を逃がすためにベルが必死にこの地まで逃げてきたということ以外は、何も、分からなかった。


 ノルンは心の何処かでいつも父の姿を探していた。

 時が経つにつれて、朧気になっていく父と、母の姿を必死に探した。

 朝になれば夢だと分かり、母の墓を撫でながら、それでも心の何処かでは何時も父を探していた。


 そして、ノルンは旅に出た。

 長年思いを馳せ続けてきた父を探すため。

 それでもこれ程までに広いハルジア大陸から、故郷を探すことなど、まして、一人の人間を探すことなど至難の業。一生かかっても、もしかすれば、叶うことのないかもしれないまた夢の夢。


 それでも、旅に出てからのこの短い期間で、彼女は見事、父親の手がかりを掴んだ。

 “生きている”という、ただそれだけの事実に涙した。

 そして、それは、それだけの事が、家族をある日突然失ったノルンにとって、どれ程切願していたものか、フローリア達は知っていた。


 誰も声を発することの出来ない沈黙。

 その沈黙の後、フローリアは静かに瞳を伏せ、それから口元に優しげな笑みを浮かべた。


「…そう。…ノルン。良かったわね___本当に、良かった…」


 暖かな、少し皺の刻まれた手がノルンの両手を優しく包み込む。ノルンを見つめるその瞳は優しげに細められて、フローリアは静かに片手の人差し指で目元を拭ったのだった。


「…あぁ、本当に…良かった」


 アランもゆっくりと椅子に腰を下ろすと、優しげな声で言う。

 ノルンが視線をそちらにやれば、優しげな眼差しで、柔らかな微笑みを返すアランと、同じ眼差しでノルンを見つめるレオの姿があった。


「…それにしても、どうして?本当に凄いことだわ。どうして貴方のお父様の事を知ることができたの?」

「…アオイのお父さんに会ったんだよ…!ね!アオイ〜」

「え、あ、うん。そうだね。色々あって…僕の父と会って、そこで迷宮を踏破できたら、ノルンちゃんのお父さんの事を父が教えるっていって…色々あって…」


 難しい話ばかりでぐるぐると目を回していたポーラだが、フローリアの言葉にやっと自分にも理解できる話題が回ってきたことで、未だ様子を伺いながらではあるものの、ぴんと椅子の上に立って背伸びをして机の上に顔を覗かせると大きな瞳をアオイに向けて可愛らしく微笑んだのだった。




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