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norn.  作者: 羽衣あかり
“少年と少女”
23/82

22.ビル

 少しずつ日が傾いていく。村の東側が段々と影に包まれていく。空は紫から薄い青、藍色へとグラデーションを纏っていく。

 村の所々に明かりが灯り始める。魔法使いならこんなことも魔法でしちゃうのかな。ちょっと見てみたいな。そんなことを考えながら色が移ろう村を眺めていた時だった。


「おい!おーい!アオイか?久しぶりだな!」


 どこからか名前を呼ばれる。辺りを見渡してみると少し前方に見知った人物がいてこちらに手を振っていた。


「…ビル」


 声で何となくわかっていたけれど、アオイは少し心に影が指すのを感じた。正直あまり得意な相手とは言えないからだ。嫌いでは無いのだが、どうにもそりが合わない。

 ビルは隣の村に住んでいて、今では冒険者として魔物の討伐や、村の人の依頼をこなしてギルドでお金を稼いでいる。

 体格もアオイに比べて逞しく肌も健康的に焼けている。たまにこうしてこっちの村によっては武器や食料の調達などをしていくのだ。


「んだよ。こんなとこ座ってどうした?」

「ん…いや。今日は休みを貰ったから一日ゆっくりして、今は夕焼けを見ていたんだ」


 何故かノルンのことは話題に出したくなくて、嘘をついてしまう。嘘という程の嘘では無いけれど、それでもアオイの胸にはじんわりと罪悪感が広がっていた。


「夕焼けって。ロマンチストだなぁ。アオイは。相変わらず女みたいなやつだ」


 ビルは何気なくそう言って笑う。

 しかし、アオイは動きを一瞬止めると、そっと俯いた。脳が言葉を理解した瞬間、無意識に呼吸がしづらくなる。


「そういえば、アオイ。お前昔ケーキとか作ってたもんなぁ」


 今度は心臓だけを縛らていく様な感覚がした。苦しい。息は止まったままだ。

 悪気は無い。ビルは昔からこういう性格だった。思ったことは全て口に出してしまう。それは彼のいい所であり、悪いところだ。素直さとは全て正直に伝えるということでは無い。それは時に明確な暴力となる。


 故にアオイは幼い頃、同じことを幼いビルに言われ、お菓子を作ることが好きだということ、自分はお菓子を作ることが出来る、ということを人に言わなくなってしまった。

 今でも店に出すお菓子の中に自分の作ったものがあったとしても、母には内緒にしてもらっている。母は悲しそうな顔をするけれど何も言わない。

 ビルの顔が見れない。

 なんて言葉を返したらいいのかわからない。

 しかしその後ビルはアオイの様子など気にも止めていないようにまた違う話題を振ってきた。少しだけホッとして胸を撫で下ろす。

 そうしてしばらく二人で話していたら、次の瞬間ビルが思いもよらない言葉を発した。


「なぁ。それはそうとアオイ。今日ものすごい美人な子と歩いてたって?」


 え。反射的に声が出てしまう。


(…どうしてビルが…ノルンちゃんのことを…)


 アオイは困惑した表情をする。するとその顔を見てビルはニヤリと笑った。


「さっき雑貨屋のおばさんが言ってたぜ。なぁなぁどんな子?その子はどこにいるんだ?アオイの知り合い?」

「えっと…」


 言葉が出ない。何故かはわからないけれど、ビルにはノルンのことを知られたくなかった。

 顔が引き攣っていくのを感じる。何を言えばいいのかわからない。そんな時だった。


「ん?おーい、アオイ!」


 またしても自分を呼ぶ声がした。

 アオイはそちらに顔を向ける。

 すると少し先の丘の上のハンナさんの家から、アトラスとノルンが狼と一緒にこちらに降りてくる様だった。

 アオイはアトラスの声に助かったような、それでいて間が悪いようにも思ってしまった。そしてそんな自分が情けなく、そう思った瞬間鼻がツンとした。

 ノルンはこちらに歩み寄ってくる途中でフードを被ったが、ビルには見えてしまったようだった。


「ん!?おい、アオイ!あの子か!?」


 こちらに向かってくるノルンにビルが前のめりになる。彼女が近づいて来るほど、ビルは興奮したように頬を紅潮させた。

 そして、


「あれ?悪いな、話してる途中だったか?」


 アトラスがそう言い、ノルンが目の前に来た時にはビルはずいっと大きな体格でアオイの前に出ると、アオイを置いて話し始めた。


「初めまして!俺、隣の村に住むビルっていうんだ。アオイとは昔からの付き合いだ」

「へぇー。そうなのか」


 冒険者であるビルはウール族に見慣れているのか、アトラスの容姿に反応することは無い。それともウール族というより先にノルンに惹かれているのかもしれない。

 人懐っこくビルの話に相槌をうっているアトラスの横でノルンはただ見つめていた。

 それをアオイはビルの半歩後ろで聞きながら、どうしようもなく逃げ出したくなった。

 自分が何かをしたわけじゃない。ただどうしようもなくいたたまれなくて。素直に気になった相手にまっすぐ向かっていけるビルが羨ましかった。

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