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norn.  作者: 羽衣あかり
“狂戦士と少女”
228/264

227.苦渋の決断

 突如階段の影から姿を現したのは黒いマントを羽織ったまだ五、六歳程の背丈をした子どもだった。

 深く被ったマントからちらりと遠慮がちに美しいアメジストがアランを覗いた。


「…なっ…!?」

(…子ども!?…何故こんな所に…ッ…)


 アランは思わず目を見開き冷や汗を流す。

 僅かな動揺がアランを襲う。

 しかしアランが何を言うより先に反応を見せたのはアランと向かい合うゲイルだった。


「…ん…?あぁ、マル。悪いな。待たせたな」


 ゲイルはアランの視線の先を辿って、それから小さな子供を目にすると表情を和らげて、子供に歩み寄る。

 その行動にアランは未だ動揺に駆られたままだ。


(あの小さな子どもは…この男の仲間なのか…?)


 ゲイルは慣れたように子どもの前に膝を着く。

 語りかける口調は柔らかで、その音も優しげだ。

 その様子をアランは剣を構えたまま、警戒心は解かず、静かに伺う。


 ゲイルは慣れたように子どもを自身の肩に乗せると、立ち上がる。

 そして再びアランに視線を戻した。

 アランは静かにゲイルの言葉を待つ。


「…さて。名残惜しいがここまでだな。時間もない。そろそろ俺は捕まっているそいつを連れてずらかるとするぜ」


 ゲイルは人差し指を、アランの背後にすっと向ける。

 その指先が示すのは牢の中に捕らえられているマレウスだ。


「___俺がみすみすそれを許すと思うのか?」


 向けられた刃と共にエメラルドの瞳が鋭く光る。

 ゲイルはそのエメラルドを真っ向から見つめて軽く笑う。そこには全く怯む様子などは見受けられない。


「はは、だろうな。出来ることなら俺だってお前と決着が着くまで遊んでたいぜ?」

「…………」


 その決着、というのはどちらかが命を落とすまでを意味しているのだろう。

 ___証拠にこの男が通った道には生存者は今まで見受けられていないのだから。

 アランは揺らぎすらしない瞳で静かにゲイルを睨み続ける。

 しかしそこでゲイルの肩にのり、ゲイルの髪を1束掴んでいた子どもがくいくい、とその髪を軽く引いてみせた。まるで、挑発をかけるゲイルを止めようとしているかのように。

 アランはぴくりと眉根を寄せる。


 ゲイルはん?、と首をかしげ子どもに視線を送る。

 子どもは何か呟いただろうか。

 その言葉はアランには拾うことは出来なかった。


「…あぁ、心配すんな。分かってる。…もう、用を済ませたら帰る」


 まるで子どもを宥めるような、そんな声だった。


「…ノルンには借りがあるんでな。約束する。今日はこれ以上お前に手は出さねぇ」

「…借り、だと?」

「あぁ。よし、それじゃ、そいつの牢の鍵は貰ってくぜ?そこの門番が持ってるんだろう?」


 ゲイルが視線を滑らせた先には壁にもたれかかって気絶をしている見張り番の兵士が居た。

 アランはゲイルから視線を逸らすことはせずにその真意を探ろうとする。


(…本当にこの男はマレウスを解放すれば、これ以上何をせずに撤退をするというのか?)


 ___否、初めて会った敵の言葉を信用するものでは無い。

 開放された瞬間に一気に形成は逆転する。

 二対一。圧倒的に不利だ。

 ゲイルの言葉を信用できる証拠など何処にもない。

 そもそもまだ敵の増援近くに潜んでいると限らない。

 それに、あの子どもは一体何者だ。

 ゲイルに付き従うと言うことはやはりあの子どももそう(・・)だというのか……………?

 そもそも、何故他の兵士は増援に来ない?

 いや、来られないのか?

 状況はどうなっている。

 情報が足りない。


「……………」


 アランはフゥー、と眉を寄せ、息を吐く。

 やはり、敵の言葉を信じるなど到底得策ではない。

 そうだとすれば___。

 アランは隙を見せることなく、静かに再びゲイルに向かって剣を構える。

 カタン、という音が静かに響いた。

 ゲイルは剣を構えたアランに小さくため息をつき、それから不服そうに眉を寄せた。


「…はぁ。…本当ならこういうのは好きじゃねぇが、仕方ねぇな。___一つ教えてやる」

「…何だ」

「他の兵士なら来ねぇ」

「……!」

「…何故ならお前以外の兵士、騎士は全員地上で眠りについてるからだ。半日は起きることはねぇ」


 そして、とゲイルは続ける。

 ゲイルは気絶をしている兵士に歩み寄る。

 それから勢いよく拳を引いた。


「……ッ待てッ………!!!!」


 ぴたり。

 拳は兵士の顔から1cm程のところで停止した。

 アランの瞳が大きく見開かれる。


 瞬時に、考える。

 ___マレウスを解放することでの市民への被害。

 それから、今、目の前にいる兵士の命。


 呼吸を荒らげ、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「…………………………分かった」


 苦渋の決断の末___導き出された答えは目の前の命だった。

 アランはその場に剣を落とす。

 カランカラン、と音が響く。

 アランの答えに満足そうにゲイルは頷き、腰を上げる。

 それから、真っ直ぐな視線をアランに向けると口を開いた。


「…安心しろ。俺は嘘はつかねぇ」

「………………」


 そう呟くと、ゲイルは兵士の胸ポケットから鍵束を取り出して、その中の一つを手に取るとマレウスが囚われている牢の前へと歩み寄った。


 ガチャンッ、という牢の鍵が解かれた音が聞こえ、それからキィー、と鉄格子の扉が開かれる音が響いた。

 アランはぐっと目に力を入れて両の拳を音もなく握りしめる。


 それからマレウスは第一に酷く憤った様子でゲイルに掴みかかった。

 それから目を血走らせたまま、地面に落ちていた兵士の剣を拾うとアランの顔目掛けて突き刺そうとした。

 アランは目を見開く。

 しかしその切っ先がアランに到達することはなかった。

 その前にがっとゲイルがマレウスの肩を掴み、静止させていた。

 マレウスはゲイルのその行動に青筋を立て、更に憤っている様子だったが、ゲイルがマレウスに向ける瞳は真剣そのものだった。


「…言っただろ。俺は嘘はつかねぇ」

「あ"?相変わらず脳天までイカれてやがんのかァ…テメェ…」

「…俺の任務はお前を連れ帰る事だけだ」


 その瞬間、かっとゲイルが目を見開いたかと思えばゴッ、という鈍い音が聞こえ、それからマレウスは地面に崩れ落ちた。


「……………」


 その様子をアランは動揺した瞳で見つめる。

 ゲイルがマレウスの腹に拳を撃ち込み、気絶させたのだ。


(…何なんだ。一体。こいつらは…仲間ではないのか…?)


 しかしアランの動揺など気にする素振りもなく、ゲイルはマレウスを軽々と小脇に抱えるとすたすたと地上へと繋がる階段へ向かって歩き始める。


 アランの前から立ち去ろうとしていたゲイル。

 最後にゲイルは階段に足を踏み出す手前で、足を止めるとゆっくりとアランを振り返った。


「…おっと、そうだ。いけねぇ。聞き忘れるところだった」


 そして、瞳を細めて、口角をあげて、笑って見せた。


「___お前、名前は?」


 一瞬戸惑う。

 しかし、気づけば口を開いていた。


「……アランだ」


 アランが名乗ればゲイルは笑みを深める。

 それからつり上がった猫目を挑発的に釣り上げた。


「…アラン。そうか。覚えておく。___また会おうぜ。アラン」

「……くっ…」


 突如突風に襲われる。

 思わず腕で顔を覆う。

 風がやんで次に目を開けた時には既にそこに襲撃者の姿は無くなっていたのだった。







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