226.守護神の逆鱗
狭い地下牢の中、アランとゲイルは剣と拳を幾度となくぶつけ合う。
その度にゲイルの拳にはめられたグローブの金具とアランの剣が交わり周囲にバチバチと火花が飛び散る。
「ははッ!いいなお前…!数日のうちにまたこんなに強い奴と戦えるとは。___俺は運がいい」
「…………」
爛々とアランを捉え、輝く瞳は純粋に戦いを楽しんでいるようだった。
(………ゲイル…この男は“狂戦士”でゲイルで間違いないな)
一撃一撃の威力は重い。
まさにその異名に恥じぬ戦いぶりだ。
アランは防御をしつつ、的確にゲイルの隙をついてその鋭い切っ先をゲイルに振り切った。
しかしゲイルも既のところで宙に飛び上がると上手くアランの剣から逃れた。
数本掠った前髪がぱらぱらと落ちる。
後退した先でゲイルはその顔に笑みをにじませた。
「…ノルン達に続いて…今度は鷹の隊長か。はは、楽しいな」
ゲイルはそう言うと腰を低くして、勢いよく両の拳を胸の前でぶつけ合う。
その瞬間、アランはぴたりとその場に静止したかのように動きを止めた。
ゲイルの拳のぶつかり合った大きな音が鳴り響き、その衝撃により生み出された風がアランの前髪を揺らした。
「…………………だと……」
アランが小さい声で何かをつぶやく。
その声は聞き取れ無いほどに小さな声で、少し先でゲイルは首を捻った。
中央で分けられた前髪が瞳を覆うように重なり、アランの表情は伺えない。
「んん?」
ゲイルは一歩、アランに歩み寄る。
しかしその瞬間、突如身体が硬直するような、痺れるような一瞬の恐怖に襲われ、ゲイルはぴたりと足を止めた。
踏み出した足先から冷たい何かが這い上がってくるような、足を踏み出すことさえ躊躇させるような、飲み込まれてしまいそうなほどの恐怖。
ゲイルははっとした様子でアランに視線を移す。
アランが僅かに顔を上にあげる。
その瞬間に視界に入ったその瞳にゲイルは表情を強ばらせた。
「___ノルンを…あの子を…襲ったのか___?」
背筋を凍らせるような刃のような瞳。
見開かれた瞳孔は心臓を萎縮させてしまうような鋭さを持ち、囁かれた声はまるで死刑宣告の問いの様。
一瞬で表情を変えたアランにゲイルは多少の戸惑いと驚きを感じながらもその姿を静かに見つめる。
そして、気づけばその口角はあげられて、ゲイルは顎を引いてそれから静かに頷いた。
___それは、恐らくその答えがこの男の引き金を引くのだと己の直感が感じ取ったから。
___そして、それは、恐らく自分の身体が求めている激動だと感じたから。
アメジストの髪を持つ男は笑う。
まるで目の前の猛獣の様な男を誘うように。
「_______あぁ」
一瞬大きくアランの瞳が見開かれる。
そして次の瞬間にはゲイルの首元を銀色に輝く刃が通り過ぎていた。
「…くッ……………!!」
「…!?…ッおいッ!!何やってやがるッ……!!」
ゲイルは思わず仰け反り、それからアランと距離を取る。しかし休む暇など与えるはずもないと言わんばかりにアランは即座にゲイルに迫る。
至近距離で2つの瞳が交差する。
その余りの迫力に___スリルに___ゲイルは思わず白い歯を見せて笑ってしまった。
「…何がおかしい」
「ははッ…いや、楽しいなぁッ…!鷹の隊長さんよ…ッ……!!」
一撃を喰らえばどちらかが、命を落とす。
そんな激動の戦いが一秒ごとに繰り返される。
そんな中でもゲイルはただひたすらに生き生きとしていた。
「なァ…隊長さんよ。ノルンはお前にとって、なんだ?」
戦いの最中ゲイルは問う。
先程までと今。
明らかに戦闘の密度が違う。
呼吸も___考える暇すら与えられないような生死の戦い。
その引き金となったのは一つの単語。
ゲイルがこの地へ訪れるまでに出会った金糸の髪と宝石の様な瞳を持つ一人の少女の名だった。
一瞬アランが目を見張る。
しかし即座にゲイルが拳を撃ちつければ、瞬時に剣で受け止める。
数秒の睨み合いが続く。
アランは頑なに口を結び、答えることは無い。
そう、思われた。
アランは、至近距離で真っ直ぐ、射抜くようにゲイルを睨みつけ、そして、言った。
「___妹だ」
力強く、確かに、アランはそう口にした。
至近距離で交わっていたゲイルの表情が一瞬時が止まったように止まる。
そして僅かにその瞳が見開かれる。
「___ノルンは、俺の妹だ」
再びアランは宣言をするようにそう言うとゲイルの拳を力強く弾き返した。
ゲイルは拳を胸の前で交差させて、防御をしながら後退する。
そして、俯かせていた顔をゆっくりと上げた。
揺らめく篝火にその表情が照らされる。
ゲイルは微笑っていた。
その表情にアランはぴくりと眉を動かす。
先程までの戦闘という行為に快楽を示す狂気じみたものでも___嘲笑うようなものとも違う。
ゲイルは瞳に弧を描き、僅かに口角を上げてアランを見つめていた。
まるで、その先に何かを重ねるように___。
アランは剣を構えたまま、眉を寄せる。
そしてただぽつりと呟いた。
「___そうか」
その声が、音が余りにも穏やかでアランは耳を疑った。しかし警戒はとかずに未だ剣を下ろすことはしない。
その時だった。
こつ、こつ、と小さな足音が聞こえてきた。
アランはゲイルに警戒を促しつつ、はっとして視線を地下牢から地上に続く唯一の階段の方に向けた。
小さな足音は数回した後に止まった。
そして、その直後小さな5、6歳程の子どもの大きさの何かが柱の影から姿を現し、アランは静かに目を見開いたのだった。




