223.変わらぬ安堵
机にフローリアと向かい合わせで席につき、落ち着きを取り戻すようにノルンはフローリアが運んできた紅茶に口をつけた。
温かな紅茶を口に含み、ほっと息を着けばそれと同時にゆっくりと気持ちも落ち着いていった。
家に入ってからそれ程の時間はたっていないのに、既に家の中は暖炉の熱が充満して暖かかった。
凍えてしまいそうに身を縮めていたアトラスもしばしするとアオイの隣に腰をかけてフローリア、レオと向かい合った。
「ふふ。ノルン。素敵なお仲間が増えたのね。そちらがお手紙で聞いたポーラさんかしら」
フローリアはゆっくりと口元からティーカップを離してポーラに視線を送る。
コの字の机の端部分に腰をかけ、少し身を低くして様子を伺っているのは真っ白な毛並みが特徴の小さなシロクマだ。
「はい。師匠。アルと同じく毛のある動物族のポーラです。…ポーラ、此方は以前お話したわたしの師であるフローリア様。そして、レオです」
「よろしくお願いしますね。ポーラさん」
「…ぁ…」
ノルンがフローリアとレオ、そしてポーラを紹介するが、ポーラは人見知りを発揮しているようで小さく頷くことが精一杯なようだった。
フローリアも特に気にした様子はなく、朗らかな笑みを浮かべている。
レオは特に何を言うでもなくポーラを一瞥しただけでまたすぐに視線を戻してしまった。
挨拶もすんだところで、ノルンは膝の上に置いた両手を組んで無意識に握りしめると、少し緊張感を感じながら視線を上げた。
「…師匠。ところでアランは…」
ノルンが強ばった表情でそう聞けば、フローリアもこれからの話の内容を察したように、静かに頷く。
「…アランなら騎士団の支部にいるわ。先程まで私達も其方に伺っていたの」
「…そうですか」
「…安心していい。兄さんなら無事だから」
「えぇ。ノルンがここへ来てすぐにホークスを飛ばしたからすぐにきっとやってくるわ」
ノルンが返事を返せば、レオがノルンの心の内を見透かしたように静かに口を開いた。
その言葉を聞いて、漸くノルンは心から胸を撫で下ろした。
ノルンが安心したように瞳を細め、それから堪えるように唇をきゅ、と結ぶ姿を見てフローリアは静かに微笑む。
「皆無事なら何よりだ」
「うん。本当によかった」
アトラスとアオイもほっとしたように頷く。
しかしその後アトラスは少し意味ありげにそれで、と言葉を続けた。
「…レオ達も何か知ってるんだろ?」
アトラスの言葉に部屋の空気が少し張り詰めた。
レオは普段と変わらず、ぴくりとも動くことの無い表情をアトラスに向け、静かに頷いた。
「…ノルン達が知りたがっている情報なら僕達も断片的には知っている。だけど、事の真相は、兄さんに直接聞いた方がいい」
「……………」
レオに続けてフローリアも少し眉尻を下げて頷く。
二人の言葉や表情からして、どうやら何か事が起きたのは間違いがないようだ。
フローリアが先程まで騎士団の支部に行っていたという事もノルンは気がかりだった。
フローリアは片足を悪くしていて長距離を歩くことは難しい。
フローリアが暮らすこの家は街から少し離れた森に近い場所に位置していて、騎士団の支部はここからかなり離れている。
街におりて、街の中心部を超えてさらに街の最東端まで行かなければならないのだ。
しかしそれでもフローリアが支部にまで出向く理由があるとするのならば___
(…鷹で負傷者が出た……?)
考えられる理由があるとすればそれしかない。
フローリアはノルンの魔法の師であると同時に卓越した技術を持つ薬草家だ。
勿論騎士団にも救護班は在籍しており、ある程度の治療ならば救護班が請け負うだろう。
しかし、フローリアが向かうほどともなれば、救護班では対処できない自体になったのか。
はたまた負傷者の数が多いのか。
とにかく、鷹で何かがあったのは間違いがなさそうだ。
ノルンの脳裏に以前であった鮮やかな髪色の戦士が思い浮かぶ。
屈託のない笑みを浮かべて笑うあの戦士を。
その時、突如バンッ、という勢いよく戸が開かれる音がした。
音に驚いたポーラはぴっ、という小さな悲鳴を漏らして身体を縮こまらせてしまった。
少し大きな音に驚いたものの、ノルンが静かに玄関の方へと視線を向ければ勢いよく、玄関からノルン達が居るリビングへ通じる扉が開かれた。
「ノルン………!!!!」
そしてその扉を開いた人物は扉を開けるなり、大きな声でそう言い放った。
「…アラン」
鍛え抜かれた身体に、身につけた鎧。
真っ黒な髪色に整った顔立ち。
美しいエメラルドの瞳がよく映える。
そこに居たのは紛れもなくノルンの兄の一人であるフォーリオの騎士団隊長であるアランだった。
見る限りその身体に大きな傷や怪我は見受けられない。
一先ずアランの様子にノルンは息をつく。
雪の中を走ってやってきたのか呼吸を乱し、その頬は薄らと赤い。
ノルンが小さくその名を呟けばアランは一瞬でノルンを捉え、それから花が舞うように微笑んだ。
そして、一直線にノルンの元までやってくると満面の笑みですぐさまノルンの身体を自身の腕の中に閉じ込めたのだった。
「ノルンっ…………!!!!来てたんだなっ…!!」
「…はい。アラン。…………痛いです」
思わず安堵を感じられたのも束の間。
普段と変わらぬアランとのやり取りに無意識に頬を緩ませたのだった。




