222.行方
はらはらと空から舞い落ちる粉雪はフードを被ったノルンの頭、それから肩へと降り積もる。
焦る気持ちを抑えることが出来ず、呼吸があがっていく事も厭わず、ノルンは師であるフローリアの元へと足を動かす。
雪が降り積った木々の間を通り抜けると少し先に見慣れた煉瓦造りの家が顔を覗かせた。
家の屋根には雪が積もり、かつてノルンが甲斐甲斐しく世話をしていた小さな薬草の庭は今や雪の下に埋もれている。
「着いたか」
「……はい」
家の前でノルンがアトラスを振り返れば、ポーラは不思議そうに目の前の一軒の家を眺めていた。
「…ノルン、ここって…」
「はい。わたしの暮らしていた場所です」
「へぇ〜。ノルンのお家かぁ〜」
ノルンの家だと聞いた瞬間ポーラは瞳を輝かせて、ノルンの家の玄関を見つめた。
しかし、ポーラには申し訳ないが家に寄っている余裕は無い。
一先ずはフローリアの家へと向かい、三人の無事を急ぎこの目で確かめなくては。
ノルンは自分の家の玄関に手をかけることもなくすぐさま家にくるりと背を向けると今度は街へと下る道へ向かって足を進めた。
ノルンの家はフォーリオの街の外れにあり、ほぼ森の中にあると言っても過言では無い。
そしてフローリアもまた街から少し離れた場所に家を構えていた。
ノルンの家からフローリアの家まではさほど遠くなく、少し歩いていればすぐに到着する距離だ。
その証拠に既にノルンの視界には特徴的な赤レンガの家が映っていた。
「………はぁ………はぁ………」
ノルンは扉の前までやってくると早くなった呼吸を整える。
しかし呼吸が整うのを待つ余裕もなく、心の中で扉をあける覚悟を決める。
そして、冷えきってほぼ感覚のなくなってきた腕を持ち上げると手の甲で三回フローリアの家の戸をノックした。
コンコンコン。
「…師匠。ノルンです。いらっしゃいますか」
ノルンは扉に向かって問いかける。
シンとした静寂が落ちる。
アトラスもアオイもポーラも様子を伺っているようで一言も発さない。
数秒の時が流れる。
扉は開くこともなければ、人の気配もせず、ノルンの問いに返すものはいない。
「…師匠…レオ………アラン。…誰か。誰かいませんか」
ノルンの声が一回り大きくなる。
そして続けて何度も戸をノックする。
しかしその戸が開くこともなければ、何時だってノルンを優しく出迎えてくれた人々の姿はない。
ノルンの鼓動が一際大きな音を立てた。
嫌な汗が滑り落ちて、既に温度の無いはずの手先が凍ったように感じられる。
手先から腕へ、腕から胸へ、胸から心臓へ。
身体が隅から凍っていくような感覚に陥る。
薄く見開かれたグランディディエライトは微かに揺れる。
しかしその時だった。
「……………………………………ノルン?」
そう、たしかに耳に聞こえてきた声にノルンははっとして目を見開く。
無意識のうちに止まってしまっていた呼吸が再開する。
その声に導かれるようにばっとノルンは勢いよく声の聞こえた方へと振り向いた。
「…まぁ…まぁまぁまぁ。ノルン。…ノルンなのね」
そこにはノルンが無事を祈って止まなかったフローリア___そして、フローリアを支えるようにして傍らにたつレオが居たのだった。
「………………師匠………レオ……」
フローリアは驚いたように丸くしていた瞳を和らげるとそれは嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
いつだってノルンを包み込んでくれたフローリアの笑顔がそこにはあって。
フローリアの名を読んで、それからレオの名を呼ぶ。
レオもまた驚いたように少しばかり目を見張っていたが、ノルンが名を呼べば何も口にすることはなく、ただその表情を静かに和らげた。
「………………ご無事で…………」
声が、震える。
喉に何かが詰まったように上手く声を出すことができなくて。
ノルンはぐっと何かを堪えるように眉を顰めた。
フローリアとレオは何かを察したようにはっとして、それから眉を下げて静かに微笑んだ。
「………ええ。ノルン。大丈夫よ。ありがとう。貴方たちも無事で本当によかった」
「………っ……」
はい___。
そう絞り出した声は小さくて消え入りそうな程で。
思わず言葉にできない感情を隠すように俯けば、ノルンの身体を暖かな何かが優しく包み込んだ。
思わず一瞬身体が硬直する。
「…本当に、本当によかったわ」
しかし、そう耳元で聞こえた声にノルンははっと目を見開くと、唇をきつく結び、静かにその肩口に顔を埋めたのだった。
「…師匠。外は寒い。とにかく中へ。………アトラスが凍え死にそうです」
「…まぁ。そうね。大変。ごめんなさい。アトラスさん。すぐに入りましょう」
「………ぅ…いや。おう…。…すまねぇ」
その後すぐにレオがガチャガチャと家の玄関を開けるとノルン達を中へと招き入れた。
アトラスはレオの言う通り限界に近かったのか家へと入るなり、レオが火をつける前から暖炉の前を陣取ってぷるぷると震えていた。
家の中にはあっという間に暖かな空気が充満した。
ノルンとアオイがコートを脱いでフローリアが進めたテーブルの席へと腰をかければフローリアがキッチンから温かな湯気の立つ紅茶を運んできた。
温かな紅茶に口をつけ酷吏と喉を鳴らせば、暖かな紅茶が喉を通って胃に収まる。
するとどこかほっと気持ちも落ち着いてノルンはカップから口を離すと静かに目の前に座ったフローリアを見つめたのだった。




