219.アランの日常
ノルン達がゲイルと別れてから翌日、フォーリオにて___。
国家騎士団フォーリオ在中部隊隊長であるノルンの義兄、アランは一人執務室で静かに書類と向き合っていた。
執務室の中はほの暗く、部屋の壁面に取り付けられた幾つかのランタンの中でポゥがふわふわと浮き明かりを灯していた。
またアランの座る職務机の上に一つ置かれたランタンがアランの覗き込む手元の書類を照らしていた。
「……………はぁ…」
書類を覗き込むアランの表情は険しい。
眉を寄せ、じっと瞳を細めて真剣に書類と向かい合う。かと思えば机の上に積み上げられた書類の中から違う書類を取り出して、あれではない、これでもないと資料を探す。
そして見つけては読み込み、またため息を零した。
「………ふぅ」
アランは一度手元の書類から目を離すと険しい表情のまま、小さくため息を漏らした。
そして人差し指と親指で眉間の皺を伸ばすようにぐりぐりと揉み込む。
ふと背面の窓の外に視界を向ければそこには壮大な星空が広がっている。
幼い頃から、今に至るまで、何度だって、何百回だって、何千回と見上げてきたはずの夜空なのに、今だってこうしてその景色を瞳に映せば魅入られてしまう。
真っ暗闇の空に、何兆もの大小様々な星が煌めいている。暗闇のはずなのに、数多もの星が煌めくその広大な夜空は星の光源により、白く、青く見える。
「…綺麗だな」
ぽつりと一人静かな執務室でアランは無意識に言葉を漏らす。
フォーリオは標高の高い場所に位置しており、年中美しい四季折々の夜空が見れることで有名だ。
フォーリオを訪れる旅人、観光の人々は大抵星に魅入られた者たちばかりだ。
煌めく星々を見ていると、ふとアランは弟であるレオに思いを馳せた。
(…レオは元気だろうか。ちゃんと睡眠をとっているのだろうか。今日もあの屋根裏部屋で…この美しい星々に魅入られているのだろうか)
アランの弟であるレオは占星学者でフォーリオで育てられたのはもはや運命ではないかと言うほど無類の星好きだ。
不器用な所もあるが、その内面節々の言動に優しさが垣間見れて、アランにとっては愛してやまない弟なのだ。
(…はぁ。家に帰りたい)
レオの事を思い出した途端にアランは仕様のない寂しさに駆られる。
ここ最近は毎日激務に追われ、全く家に帰れていない日々が続いている。
国家騎士団には宿舎があり、アランの部屋も勿論あるのだが、宿舎にもほとんど帰らず、アランは少しの仮眠をとっては仕事に追われる日々を続けていた。
女性を虜にする端正な顔立ちのアランだが、その目元には薄らと隈が浮かんでいた。
弟を思えば必然とアランはもう一人愛してやまない妹であるノルンを思い出していた。
ノルンは半年と少し前にここ、フォーリオを旅立った。アランにとっては考えられないほど、耐え難いほどの出来事であったが、結果可愛い妹の頼みを無下にすることは出来なかった。
(…ノルンは元気だろうか。美味しいものをたくさん食べて、たくさん眠って、幸せな日々を送れているだろうか)
感情の起伏が乏しいノルンは何を考えているのかが分かりずらい。
しかしそれは一般的にであって、妹を愛してやまないアランには当てはまりはしない。
ノルンは意外と単純で嬉しいことがあればほんの少し表情に出るし、雰囲気が変わる。
ノルンは意外と食べることが好きだ。
花が好きだ。
本が好きだ。
そして、フローリアのことが大好きだ。
それはもう家族であるアランが少し妬けてしまうほどに。
しかし、アランとて恩師であるフローリアには言い尽くせないほどの恩、そして愛情がある。
それはノルンと何ら変わりは無い。
そして、またノルンも自分とレオの事を大切に思ってくれていることを肌で感じている。
ノルンは昔から欲というものがまるでなくて、何処か行きたいところはないかと問うても首を振り、可愛らしい服を買いに行こうと提案しても首を振った。
唯一アランがノルンに贈るものでノルンが興味を示したのは食べ物だった。
美味しいケーキや四季折々の食材、地方へ遠征に行った際には地方の特産品。
ノルンはその時ばかりは分かりやすく美しい瞳を輝かせてそれは可愛らしかった。
___ただいま!ノルン!今回はヒール地方のハーブティーとケーキを買ってきたぞ!
___…兄さん、これ以上はダメって言ったでしょ?
___ぅ…い、いや、それは…分かっているが…。
___ノルンがぶくぶくになってもいいの?
___…まぁノルンはどんなノルンでも可愛いからな…!!
___兄さん…!
しかし年頃の娘達が化粧や、ドレス、アクセサリー類には全く興味を示さなかった。
ノルンも本当は興味があるのではないか、しかし何処かいつまで経っても自分たちに遠慮をして、口に出せないのではないかと心配をしていた時期もあった。
けれどどうやら本当に興味がないらしく、手持ちの真っ白なワンピースで十分だといい、なんならアランとレオのお下がりで十分だといつもの真顔で言ってのけた。
その際アランは雷に打たれたかのようにショックになり、首を振り続けるノルンに、遠出してノルンに似合いそうな服を見つける度に買って帰るようになったのだった。
あまりに上等な服ばかり贈るので、しぶしぶノルンはアランに付き合って服を買いに街へ出たこともあった。その際には何故かフローリアからレオも付き添うようにと言われて、弟妹との買い物がアランにとっては何よりの褒美だった。
それから何故か度々服を買いに行く際には三人で街へおりて、アランがノルン、レオへ服を贈るようになったのだった。
(レオは何故か毎回ノルンの服に関しては、厳しかったなぁ)
___ノルン!これなんかどうだ!?
___…駄目。裾が短すぎる。
___う…そうか。じゃあこっちはどうだ?
___それも駄目。生地が薄すぎてノルンが風邪引く。
___ぅ…それはいけないな…。
___…………。
アランが進めるものをびしばしと却下して結局無難なものに落ち着くのだ。
そしてまたレオはノルンの服には口を出す癖に自分のことになると無頓着で、適当な服を見繕ってはこれでいい、と済ませてしまう。
アランからしてみればもっとレオやノルンに買い与えたいのだが、優しく微笑むフローリアにやんわり注意された事もあり、それ以降は控えめにしようと努力をしていたのだった。
しかしノルンが居なくなってから、余計にノルンの事を日々心配で考えるようになり、最近遠征で地方を訪れた際には、ノルンに似合うと確信したドレスがあり、つい即決で購入してしまった。
家に帰った際大きな箱を抱えて満面の笑みで帰ってきたアランにレオは若干顔を顰めて、フローリアは困ったように微笑んでいた。




