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norn.  作者: 羽衣あかり
“狂戦士と少女”
218/263

217.ゲイルの目的

 どくん、どくんと低く鳴る鼓動に言いようのない得体の知れない焦燥感。不安。胸騒ぎ。


 ゲイルが襲って来た時、それは余りに突然で、そして彼はそうすることが出来るほどの圧倒的な力を持っていた。

 今になって殴られた腹部が重く痛みだし、ノルンはぐっと奥歯を噛み締めて腹部に手を当てる。


「…ノルンちゃん…?もしかして、怪我を…!?」


 顔をほんの少し歪めたノルンに即座にアオイが心配そうに顔を覗き込む。ノルンは自分に向けられた透き通るアクアマリンの瞳をしばしの間じっと見つめる。

 そこでアオイが無事であったことに安堵し、一人静かに心の中で小さく息をついた。

 それと同時にノルンははっとする。


「いえ…私は平気です。それよりもアオイさん、お怪我の具合は…」


 今度はノルンがアオイに詰め寄る番だった。

 ぐいっと顔を近づけてアオイの瞳を覗き込む。

 ノルンが見つめるアオイの瞳の中には真っ直ぐアオイを見つめる自分がいた。

 その瞬間アオイは情けない声を出したかと思えば見る見るうちに首から額にかけてを真っ赤に染め上げていった。


「…うぁ……ぇ…………えっと…ノルンちゃん………その………」

「お〜…ノルン。もう少し離れてやれ。アオイが気絶しそうだ」

「…失礼しました」


 辿々しい言葉を漏らすアオイ。

 眉尻は下がり、ノルンに釘付けになっている瞳は心做しか潤み揺れている。

 アトラスが助け舟を出していなければ数秒後にはアオイは故障した機械のように煙を出してぷすぷすとショートしていただろう。


 ノルンが距離をとると漸くアオイはふぅ、と気持ちを落ち着けるようにゆっくりと息を吐いた。

 見たところアオイに大きな外傷は見受けられない。

 不安な点があるとすれば、ゲイルに投げ飛ばされた際に木に強打してしまった頭部だが、奇跡的に頭部は皮膚が切れている訳でもなく、ただたんに強打したことによる腫れで少し膨らんでいる程度だった。


「…うぅ…ほんとに木に激突して意識を飛ばすだなんて情けない…ほんとごめんね」


 アオイが情けなさげに肩を落とす。

 しかしそれに対してノルンは即座に首を横に振った。


「いいえ。こちらこそ防御が間に合わず、申し訳ありませんでした」

「…ううん。守ってくれてありがとう。ノルンちゃん」


 ノルンが謝罪をすれば、アオイもまた首を振って柔らかく微笑んだ。

 普段通りのアオイにノルンも心做しか表情を和らげる。しかしその視界の端でじっと一人何かを考えるように手を顎に当てて考え込むアトラスが移った。

 その瞬間、ノルンの表情が再び引き締まる。


 アトラスが考えているのは恐らくゲイルの事だろう。

 それから___彼が最後に言っていた…


(…フォーリオへ向かうということ)


 ノルンは静かにアトラスを見返す。


「…アル」


 小さく名前を呼べば耳のいいアトラスはすぐに耳をピク、と反応させて顔を上げた。


「…ん?…あぁ、悪い。考え事を…って…ノルンも分かってるか」

「はい」


 ノルンは静かに頷く。


「…ゲイル様の事ですね」

「…あぁ」


 アトラスは低い声で頷くと珍しくその表情を険しくさせる。

 アオイも眉を寄せて、口を結ぶ。

 ポーラだけは状況がよく分かっていないようでアオイの足元で、ノルン、アトラス、アオイをくるくると目で追っていた。


「…ノルン。全く何の証拠も根拠もない仮説だが…」

「…はい」


 アトラスが慎重に言葉を選びながら続ける。

 ノルンはその先の言葉が自分と同じ意見であるとどこか理解しつつも、静かにアトラスの言葉を待った。


「…ゲイルはフォーリオへ…マレウスを救けに行くんだと思う」

「…えっ…」

「…………………」


 告げられたアトラスの言葉にアオイは瞳を大きく見開く。そしてノルンは想像していた通りの言葉に表情を堅くした。


 ノルンも、喜ばしくはないが、アトラスと全く同意見だった。

 それこそこの仮説にアトラスとの言う通り、確証も根拠も何も無い。

 強いて言うならば___。


「ゲイルは人を探していると言っていた。この時点ではまだ全くわからない」

「…はい。けれど、ゲイル様は…」

「そうだ。捕らわれている、って言っていたな」

「…っ…そうか。てことは…」


 アトラスの言葉にアオイが理解をしたように焦りを浮かべる。

 アトラスは低く頷く。

 ノルンの表情も更に険しくなる。


「あぁ。恐らくあいつの目的はフォーリオの(イーグル)に捕らわれたマレウスの奪還だ」

「…っそんな…」

「………………」


 ノルンはただ唇を結び声を発することは無い。


(…ゲイル様…そして、マレウス様…)


 二人が繋がっている証拠などは無いし、アトラスの言う通りこれはあくまで仮説の話だ。

 しかし。

 ノルンの脳裏に突如襲いかかってきたゲイルと、フォーリオで襲いかかってきたマレウスの姿が重なる。

 二人は性格からしていえば全く似つかない。

 しかしその圧倒的な強さと、どこか瞳の奥にギラつく狂気の様な危うさをノルンは共通して肌で感じていた。

 あの肌がビリビリと痺れるような、呼吸一息つくことさえ、ままならないような恐怖を。


 どうすれば、ひたすらにその問いだけが頭を駆け巡る。

 今から自分たちも急ぎフォーリオへ向かえば間に合うだろうか。

 ゲイルがフォーリオへ向かうということは確かであっても、マレウスの奪還が目的かどうかはまだ定かではない。

 しかし、フォーリオで人を探しているのは確かだ。

 向かったところで無駄足になる可能性もある。

 けれど、それならば___


(…それで構わない)


 願うのは、ただ家族…それから街の人々の無事だけだ。


「…どうする。ノルン」


 静かにアトラスがノルンに問いかける。

 ノルンは眉を顰め、下唇をかんだ。


(…もう、目的を果たすまではフォーリオへは戻らないつもりだった)


 しかし、今___。

 ノルンは一刻の猶予も許されない決断に迫られていた。






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