216.探し人
そうしている内に薄らとマルトが目を開いた。
「あ〜!目を覚ましたよっ…!ノルン…!」
マルトの傍らにいてずっと様子を見守っていたポーラがノルン達に告げる。
ゆっくりと開いたその瞳はやはりゲイルと同じ美しいアメジストで、その瞳を見たノルンは表情を和らげた。どうやら体調は無事に回復したらしい。
「マル!目が覚めたか。良かった」
ゲイルもすぐに起き上がろうとするマルトの身体を支え、安堵したように息をつく。
「悪かった…俺が目を離したせいで…」
ゲイルは申し訳なさそうに謝罪をするがマルトは兄のその言葉を聞くと焦ったようにおろおろとしてから、勢いよく何度も首を左右に降って見せた。
ゲイルはそんなマルトの様子に柔らかく微笑んでから大きな手をマルトの頭の上に乗せて、それから優しく撫でた。
「ゲイル、お前はマルトを連れて旅をしているのか?」
ふと二人の様子を見ていたアトラスが純粋な疑問をぶつける。
確かに考えてみれば不思議な話だ。
マルトはまだ幼いし、身体も弱い。
となれば旅をするのは大変だろう。
体調を壊しやすくもなるだろうし、どうやらゲイルは薬を普段から常備している様子もない。
するとマルトを腕に抱き上げて立ち上がったゲイルが振り向いた。
「いや?俺たちは旅人じゃないぜ」
「なら此処にはどうして来たんですか?」
「あぁ。それは…ん〜…まぁ、ある奴からの指示でな。ある男を探してんだ」
「ある男?」
ゲイルの返答に不思議そうにアオイが返せばゲイルは少し言いにくそうに視線を逸らして、マルトを抱える腕とは反対の腕で頭をかいた。
しかし次の瞬間、なにかに気づいたようにん?、と首を傾げる。
それからあ、そうか、と呟くとなんでもないような顔をしてノルンを見た。
「なぁ、フォーリオ…って知らないか?」
その言葉にノルンは薄く目を見開く。
聞きなれた単語に少し驚きつつあくまで平静を装う。
「フォーリオ、ですか…。はい、知っています」
「ふぉーりお…?」
フォーリオは言わずもがなノルンが育てられた街だ。
旅に出るまではその街で生活をし、恩師であるフローリアや兄弟であるアラン、レオと暮らしていた。
アオイとアトラスもその事は勿論知っているが、二人は何も口にすることは無い。
静かにゲイルの様子を伺っている。
唯一、何も知らないポーラは不思議そうに首を傾げている。
「お。そうか!その街はここから近いのか?」
「…はい、この先の平原を真っ直ぐ行って一つ山を超えればすぐです」
「ふ〜ん、なるほどな」
ゲイルの問いにノルンは淡々と答えてみせる。
しかし内心は心臓が低く、音を鳴らしていた。
何故かはわからないが、ゲイルがフォーリオと口にしたことで、ノルンの身体には嫌な汗が伝っていた。
ゲイルはノルンのそんな様子に気づくこともなく何度か頷いてそれから笑ってノルンに笑顔で礼を伝える。
「ありがとな。ノルン」
「フォーリオへは何しに行くんだ?」
アトラスがいつもの様に余裕の笑みを浮かべてゲイルに聞く。
するとゲイルはまた一瞬あ〜、と何かを濁すように言ってから視線を逸らした。
しかしん〜、と短く唸ったあとでまぁいいか、と呟く。
「さっき言ったろ?男を探してるって」
その瞬間、ノルンの心臓がどくんと低く、一層大きな音を鳴らした。
ノルンはゲイルに気づかれないようにきつく拳を握りしめてきゅ、と唇を結ぶ。
「まさか…」
「そうだ。そいつが恐らくその街に捕らえられてるって…」
「捕らえられてる…?」
「あぁ〜、いや。今のは忘れてくれ」
ま、だから、俺たちはその街に向かってるんだ。
ゲイルは少し眉を顰めて面倒くさそうに、嫌そうに言ってのける。
「教えてくれてありがとな。ノルン。それじゃあマルも元気になったみてぇだし、俺達は行くぜ」
ゲイルはぽんと優しくマルトの頭に手を置く。
マルトはゲイルの服の襟を掴みながら、純粋な大きな瞳で恐る恐るノルン達を伺っていた。
「…そうか。それじゃあな」
「…はい。お気をつけて」
「おう!本当に助かった。また会おう」
少し強ばった声でノルンとアトラスが別れを告げればゲイルはつり上がった猫目を少し細めて満足そうに笑った。
そして別れの言葉を言ったかと思えば、次の瞬間には姿を消していた。
「…………………」
その事に驚きつつもノルンは先程最後にゲイルが話していた内容に戸惑っていた。
魔力探知で完全に周囲に人が居なくなったことを確認してから、ノルンはゆっくりとアトラスとアオイを振り返った。
普段と変わらず無機質に見えるその美しい表情。
しかしその瞳は不安げに揺れて、唇はきつく結ばれている。
「…ノルンちゃん」
「………………」
その表情にノルンの内心を察したのかアトラスとアオイもまた表情を険しくさせた。
二人の表情を見て、ノルンもまた考えていることは恐らく同じだと悟る。
(…ゲイル様が…フォーリオに…?)
それも探し人を求めて。
証拠などない。
確証などない。
ただ、嫌な胸のざわめきだけがノルンに警戒を促していた。




