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norn.  作者: 羽衣あかり
“狂戦士と少女”
216/259

215.戦闘狂

 ゲイルがマルトに薬を飲ませて、少しの時間が経った頃、ようやくマルトの容態は落ち着きを見せた。

 顔色も良くなって咳も止まり、今はノルンが用意した毛布の上ですやすやと寝息をたてている。


「…これでしばらくは大丈夫かと思われます」


 ノルンも容態が落ち着いたマルトの様子を見て知らぬうちに力の入っていた肩を落とす。

 マルトの寝顔からゲイルに向き直ってそう告げれば、マルトの傍にぴたりと張り付いていたゲイルは未だ眉を寄せたまま小さく頷いた。


「…あぁ……………本当に、助かった。…ありがとな、ノルン」


 ゲイルは手の甲で荒く目元を擦ると真っ直ぐとノルンを見つめ言った。

 戦闘中ぎらぎらと光っていた獣のような顔はそこにはなくて、ただ弟の無事に鼻をすすって目元を赤く腫らした兄の顔でゲイルはそう呟いた。


「いえ。マルト様がご無事で何よりです」

「だな。良かったな」

「うんっ…うんっ…!」


 ノルンに引き続き、アトラス、そしてポーラが涙目で勢いよく何度も首を縦に振る。

 アオイも柔らかなほほ笑みを浮かべて頷いた。

 しかし次々にノルン達から寄せられた言葉にゲイルは複雑そうに顔を歪めた。


「…なんで…そんな事言うんだよ…。俺はお前たちを殺すつもりで…襲ったのに…。アオイ、お前にも…酷い怪我を負わせたのに…」


 何でだ、ゲイルは再びそう呟く。

 その言葉に対してノルンは後ろに立つアオイとアトラスを振り返る。

 アオイはノルンと視線を合わせて、それからきょとんとしたあと、力なく微笑んで見せた。


「…う〜ん…そう、なんだけど…。うん、そうだよね…」

「まぁ俺は逃げようって提案したけどな」


 あはは、と頬をかいてみせるアオイの横でアトラスは片目を瞑って肩を竦めてみせる。


「…なんで…逃げなかったんだ」


 ゲイルは理解できないものを見るような瞳をアトラス、アオイに向ける。

 するとアトラスはん?と軽く首を倒したあとで次の瞬間には眉尻を下げて、口角を上にあげていた。


「そりゃあ…それがうちの姫さんの希望だったからな」

「………………は…」


 曇りなど一切ないアトラスの瞳が優しく弧を描き、眩しく輝く。

 アオイも微笑みを浮かべるとアトラスの言葉に同意するように頷いた。

 ゲイルだけは猫目を丸くして、そのまま固まった。


「…すみません、いつもわたしの我儘ばかり…聞いていただいて…」

「いいさ。むしろお前はもっと言っていいんだぞ?俺たちは仲間なんだからな。な!ポーラ」

「うんっ」

「そうだね」


 アトラスの言葉にノルンは少し申し訳なさげに眉を寄せ、謝罪をする。

 しかし寛容に受け入れられてしまい、むしろもっと自分の意見を言えとまで言われてしまった。

 アトラスとポーラのやり取りを見てくすくすと笑うアオイ。

 そんな三人を見つめて改めて三人の優しさに胸がいっぱいになる。


 するとそこで、はは、という笑い声が聞こえ、ノルンは視線をそちらに向ける。

 そこには先程の弱々しさはなく、ただノルン達を見つめ、気が抜けたように表情から力を抜くゲイルの姿があった。


「…お前ら…いい奴らだな」


 長いこと、皺のよっていた眉の間はおどけて、ゲイルの表情は優しげだ。

 胡座をかいて、リラックスしたようにノルン達を見つめるゲイルは戦闘中とは別人で、二重人格なのかと錯覚してしまうほど。

 人の話など聞かず攻撃の手を止めなかった彼は何処に行ったのかと思うほど、今のゲイルは落ち着いていた。


「…なるほどな。お前らはノルンについて行ってるんだな」

「おう」

「はは。そうか。ノルンはいい奴だもんな」


 ゲイルはそういうと、ゆっくりと立ち上がり身体の向きをノルンに向けた。

 そしてゆっくりとその腰を九十度に折って見せた。

 ノルンの目の前にはゲイルの頭部があり、ゲイルは今、確かにノルンに向けてその頭を下げていた。

 突然の出来事にノルンは目を薄く見開く。

 ゲイル様、そう呟こうとして先に口を開いたゲイルの言葉にかき消される。


「…改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。ノルン。マルを助けてくれて」


 その言葉には嘘などあるはずも無くて、ただ心からノルンに感謝をしていることが伝わってきて、思わずアオイとアトラスも目を見開いた。


「…いえ、ゲイル様。顔を上げてください」


 ノルンがそう言えばゆっくりとゲイルは顔を上げる。

 そして真剣な表情でノルンを見つめた。


「この恩は忘れねェ…。この借りは必ずいつか返す」

「…いえ。ゲイル様。これは私の望んだことです。どうかお気になさらず…」


 鋭い瞳に貫かれてノルンは少し居心地が悪くなり首を振る。

 しかしゲイルはそれを受け入れようとはしなかった。


「馬鹿言うな。弟の命を救ってもらったんだ。必ず恩は返す。俺はお前たちとはもう敵対しねぇ」

「ゲイル様…」


 ゲイルはそうはっきりと宣言した。

 ノルンがどう返せばいいのかを戸惑っているとアトラスが助け舟を出すように口を開いた。


「ま、いいじゃねぇか。ノルン。こっちとしても敵対しねぇって誓ってくれるならいくらか安心だ。もう突然斬りかかってこられることはないんだからな」

「アル」


 しかしアトラスがそういった所でゲイルは何故かきょとんとした表情で首を傾げた。


「ん?いや、戦いは挑むぜ?」

「あ?」

「けど、ちゃんと襲う前には宣言するし、絶対殺さねぇ。これは約束する」

「えぇえ…!?」


 そして好奇心に満ちた純粋な瞳でアトラスを見つめるとそう言ったのだった。

 思わずこれにはアトラスもぽかんとして、アオイも冷や汗を流す。


「ゲイル様。別に戦う理由はないのでは?」


 ノルンもまた何故襲われるのかが理解できず、首を傾げる。それに対してゲイルは出会った時のように口角を上げて眩しく笑って見せた。


「理由ならあるぜ?俺は戦うことが好きだからな!特に強い奴が好きだ。お前達は強い。俺と戦ってこうしてぴんぴんしてんだからな」

「…えっと、満身創痍なんだけど…」


 いい笑顔を浮かべるゲイルにアオイはいやいやいやと冷や汗を垂らしながら青い顔で言う。

しかしゲイルには聞こえていなかったのかゲイルはただ楽しそうに口元の笑みを深めるだけだった。


「絶対殺しはしねぇ。約束する。だから、次もまた俺と戦え。な、ノルン!」


 何その視線も、言葉も、態度さえも全てが真っ直ぐで。ノルンは思わずこくりと頷いてしまうのだった。


「はい。ゲイル様」

「いや。頷くな?」



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