210.白くまと少年
激しく衝突し合う突然の襲撃者とノルン等の戦闘を木陰で震え上がりながら見つめるものがいた。
それはゲイルが訪れた際に素早くブランに木陰に隠されたポーラであった。
魔物や怪しげな人物が来たら、ポーラは安全な場所に身を隠す、というのがノルン達とポーラの約束であった。
しかし今現在、見たこともないほど押され気味のノルン達にポーラは涙を浮かべて震えていた。
一番初めにアオイがゲイルの強烈な一撃によって吹き飛ばされた。
ポーラは震える足でとたとたと懸命に走りすぐさまアオイに駆け寄った。
アオイは衝突した木に背中を預けて倒れ込んでいた。
駆け寄ったポーラは震える手で何度もその肩を揺らし、名前を呼んだ。
俯くアオイの表情は前髪で隠れ、いつも優しげにポーラを見つめるその瞳は見えない。
意識を飛ばしているアオイは返事をすることもない。
ポーラはどうしたら良いかわからず、ひたすら涙だけが溢れた。
振り返れば今度はノルンがゲイルによって腹を殴られ吹き飛ばされた。
ポーラの呼吸は止まる。
今まで旅をしていて、魔物とは幾度も遭遇してきたが、ノルン達は苦労する素振りもなく一瞬で魔物を討伐していた。
迷宮に入った時だって絶体絶命かのように思えた場面は幾度もあったけれど、ノルン達は見事全て打ち破って見せた。
だからこれ程までに圧倒的で、手も足も出せず無惨にやられていくノルン達をポーラは未だ見たことがなかったのだ。
小さな体には収まりきらないほどの恐怖が湧き上がる。情けなくて、余計に涙があふれる。
「アオイ…アオイぃぃ…」
うっうっ、と嗚咽が漏れる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をポーラがアオイの胸に押し付けた時だった。
ごほっごほっ、そんね小さな咳き込むような声がふとポーラの耳にと届く。
ポーラは泣きじゃくっている顔を上げて耳をぴくぴくと揺らし、音の出処を探す。
咳き込むような声は何度も続いている。
ポーラは戦闘中のノルン達の方へ顔を向ける。
しかしどうやらそちらからではない。
ノルン達の攻撃が絶え間なく繰り返される爆発音の最中、その声は小さくけれど確かに聞こえていた。
「ごほっ…ごほっ…!」
そこでポーラの耳がぴーんと立ち上がり、ポーラははっとすると恐る恐る声のした方向へと顔を向けた。
少し離れた茂みの奥。そこに誰かがいる。
ポーラは顔を青ざめさせめて思わず震え上がる。
そして茂みとアオイを交互に見る。
意識のないアオイの事は心配だ。
しかしずっと苦しそうに咳き込む声を無視することもポーラには出来なかった。
ノルン達は戦っていて、アオイは気絶をしている。
もしかしたらこの声の先にも悪い人がいてポーラも襲われるかもしれない。恐怖に身がぶるりとすくみ上がる。
ポーラは木にもたれかかるアオイをもう一度見返す。そして何かを決意するように立ち上がり一度頷く。それから涙をゴシゴシと腕で拭いて眉を釣り上げ赤くなった目元をきりっとさせるとポーラは一直線に音のした方向へと駆け出したのだった。
声が聞こえた茂みまで足を止めることなく走る。
「だっ…誰かいるのッ……!?」
そしてそう勇気を振り絞って叫んで茂みに突っ込んだ。
「ぇ…?」
しかしそこに先を視界に収めるとポーラは動揺を浮かべたように黒曜石のような丸い大きな瞳に困惑を浮かべた。
「…っ!?………ごっほ…ごっほッ………!!」
そこにいたのはまだ幼い人間の男の子だった。
ポーラが飛び出してきた瞬間男の子は目を丸くして、それから激しく咳き込み出した。
ポーラも思わずその様子に慌ててしまう。
「ぇ…………?……あ…あわわわわ…だ…だいじょうぶ…?」
ポーラは思わず男の子に駆け寄ってその小さな背中を撫でる。
ポーラには人間の子供の年齢など予想もつかないがまだ幼いということだけは理解できる。
しかしポーラが子供を落ち着けようと試みても子供が落ち着く様子はなく、咳はどんどん激しくなり、ついに子供はがはっ、と何かを吐き出すように前のめりになる。
「えっ…ぁ…ぇ…」
子供は必死に口を抑えていた両手から真っ赤な血を吹き出した。
ポーラはその光景に唖然としてしまう。
男の子ははぁはぁと苦しそうにか細い呼吸を続ける。
汗が吹き出し、瞳はぐらぐらと揺れ、そして___
「…こほ…こほっ…」
そう小さく二つ咳をこぼしたかと思うと虚ろとした瞳でポーラを見つめ__それからその場にどさりと倒れ込んだ。
「…ぇ…………………?」
男の子が倒れた場所には男の子の口から漏れた血が土を流れていく。
その赤を視線でおってポーラもまた動揺してはぁ、はぁと浅い呼吸を繰り返す。
そして気づけば戦闘中という事も理解はしているがノルンの元へと駆け出していたのだった。




