209.迫り来る拳
ノルンが降り注いだ攻撃魔法により、辺りに砂煙が立ち込める。
その中心にいるはずのゲイルの様子は伺えない。
少しはダメージを与えることができただろうか。
ノルンは後方に少し距離を取りつつ、いつでも迎撃できる体制を整える。
すると砂煙の中心が微かに揺らめいた。
ノルンがじっと注視をしていると、そこから喉を鳴らす様な笑い声が聞こえてきた。
「__クックック…!」
その声は楽しげでどうやら行動不能にさせるまでのダメージを与えることは到底与えられていなさそうだ。
ノルンの表情が再び険しくなり、冷や汗が落ちる。
その人物はザッザッ、と靴を鳴らしながら煙の中から現れた。
所々衣服に汚れはつき、かすり傷のようなものも見られるが、その程度だ。
(…絶え間ない攻撃魔法を避けた___?それとも、)
全て受けたか、相殺をした___?
ノルンが必死に思考を巡らせている間にもゲイルはノルンに向かって歩みを進める。
そんなゲイルからノルンを守るようにしてアトラスとブランが立ちはだかる。
ノルンからおよそ数メートル先でゲイルは立ち止まった。
そして再び拳同士を胸の前で強く激突させる。
バリバリバリ、という電流がゲイルの拳から発せられ、それと同時に起こった風圧に森が震撼する。
そこでゲイルはぱっと顔を上にあげた。
その表情は心底楽しげでノルンは緊張感に眉を寄せる。
「はははッ…!すげーな!お前ッ。こんなに同時に、しかもこの物量で魔法を食らったのは始めてだ」
ゲイルは顔をくしゃりと歪めてけらけら笑う。
そしてまたくっくっく、と喉を鳴らす。
「お前たちに戦いを挑んだのは物のついでだったんだが___正解だったな」
つり上がった眉に爛々と輝く瞳。
ニカッと笑う口元からは八重歯が覗く。
満足そうに笑みを浮かべるゲイルとは対照的にノルンはとても内心穏やかではいられなかった。
後方で倒れているアオイの状態が気がかりだ。
「うん。いいな。次はアトラスか。教えてくれよ。お前は何のために生きてる___?」
ゲイルは今度はアトラスにノルンにした質問と同じ質問を繰り返した。
ノルンからは背を向けられているアトラスの表情を伺うことはできない。
しかし、
「___今は、そうだな。姫さんを守るためだな」
その言葉を聞いた瞬間、ノルンは静かに目の前に立ちはだかる騎士がどんな表情をしているのか想像が着いてしまった。
アトラスの声は普段と変わらず余裕のあるものだった。相手の表情が想像できるようになってしまうだなんて___少しばかり共に時間を重ねたせいだろうか。
きっと、今、アトラスはいつも通り余裕を含んだ笑みをゲイルに向けているのだろう。
「…ふぅん。そうか」
ゲイルは静かに笑みを浮かべたまま頷いた。
その顔は先程ノルンが質問に答えた時と同じ顔だった。静かで穏やかな優しい笑み。
今正に命をかけた戦闘をしている相手だというのに、そんな表情をされてしまえばどうしていいか分からなくなる。
攻撃に迷いが生じてしまいそうで、ノルンは思わず杖の柄をぎゅ、と握った。
「んで__?んな事を聞いてお前は満足したのか?」
「おう」
「___それでは、戦闘はもう止めに致しませんか。ゲイル様」
ノルンは一刻も早く、アオイの元に駆け寄りたかった。満足気に頷いたゲイルに提案を持ちかける。
しかし事はやはりそう簡単には進まない。
ゲイルはん?、と首を捻って見せたあとでノルンの望んでいた答えとは反対の言葉を告げる。
「いや?そりゃあ無理だ。___いいか、ノルン。戦いってのはどっちかが戦闘不能状態になるまでが戦いなんだ」
「………………」
ノルンは眉を寄せ、口を結んだ。
話し合いでの説得は恐らく、無理だ。
一刻も早くアオイの容態を見なければならないのに。
ゲイルは幾度も拳同士を付き合わせる。
そして準備運動が終わったかのようによし、と呟くと舌なめずりをして再度ノルン達を睨みつけた。
「さァ、再開しようぜ…!」とゲイルがそう言った瞬間、再びノルンの鼻先にはゲイルの拳が間近に迫っていたのだった。
「…っ…」
「下がれノルンッ…!」
アトラスとブランのサポートを得て、3体1でゲイルに立ち向かうが、ゲイルの戦闘力は凄まじかった。一人で3人を相手取っているにもかかわらず、未だ攻撃を避ける際には余裕さえ垣間見えた。
ゲイルはひたすらに己の言ったように戦闘自体をずつと、楽しんでいた。爛々と輝く瞳から光はいつまで経っても消えることは無い。
ゲイルがノルンを直接狙おうとした場合にはアトラスが剣を持ち出し、その拳がノルンに到達する前にゲイルのを止めてくれていた。
しかしそれでもやはり、超近接戦のゲイルと中距離、長距離戦を得意とするアトラスとノルンでは正直いつまで持つかが分からないという、既にギリギリの状況だった。




