207.逃げ道
目の前に立ちはだかるゲイルと名乗った男は心底楽しそうに笑みを浮かべる。
「あ___?ゲイル………?」
「おう」
アオイよりも少し高い背丈。
年はアオイよりも少し上だろうか。
どちらかというとアランに近いのかもしれない。
漆黒のコートを羽織り、美しい太陽の光に煌めくアメジストの髪を靡かせたゲイルは口元から特徴的な八重歯を覗かせる。
アトラスはゲイルの名を聞いて怪訝な表情を浮かべるが何かを言う前にゲイルが口を開いた。
「お前たちの名前は____?」
その問いに即座にアトラスは名乗るな、という視線をノルンに向ける。
ノルンもアトラスの意図を察してアトラスと視線だけを合わせて、口を開くことはしない。
「…教えてくれないのかよ?」
ゲイルは口を閉じたままのアトラスとノルンに不機嫌そうに口を尖らせる。
その様子はまるで幼い子供だ。
機嫌をすべて表情に出す小さな子供。
「いきなり襲ってきたやつに教えるわけないだろーが」
「…ふ〜ん。まぁ、うん、そうか。そうだな」
アトラスが顔を顰めて未だ拳銃の標準をゲイルに合わせたまま言ってのける。
ゲイルはアトラスの言葉に頷くとふむ、と手を顎にやって数回頷いた。
「答えねぇっていうならあの男を殺す」
そして再びノルンとアトラスに視線を合わせると、ぴっと人差し指をあげてノルン達を指さした。
否、恐らくその指が示したのはノルン達の後方___。
「……!」
未だぴくりとも動くことのない木にもたれかかったアオイだった。
ゲイルの表情は先程と異なり、一切の微笑みもない。そこにあるのはひたすらに身震いをしてしまうような無で。
ノルンの端正な表情が僅かに歪む。
(…冗談、ではない)
そして気づけばノルンは口を開いていた。
「___ノルンと申します」
「ちっ…アトラスだ」
ノルンに引き続きアトラスも不服そうに、苛立ちを感じさせる声色で言う。
「そうか。ノルンにアトラス…か」
虚無だったゲイルの表情が再び好奇に満ちる。
その視線を受けて尚、ノルンはひたすらにこの場を離脱する方法を考えていた。
アオイは剣士として未だ経験は浅いものの、その腕は確かだ。アランに鍛えられ、日々鍛錬を欠かさず、アトラスからの指導も受けている。
またフォーリオへ訪れる前にはアオイの父であり名のある傭兵としても知られている父であるグレイから剣術の手ほどきを受けていたそうだ。
経験は浅いとは言えどもその実力は到底本格的に剣を振るいだして1年未満とは思えないものだ。
しかしそんなアオイが事もなく一瞬でやられてしまった。相手が超近接である場合、ノルンとアトラスでは不利だ。
それに、ノルンも肌でびりびりとする程感じていた。
アトラスの言う通り、恐らく本当にゲイルは___
(___只者では無い)
彼の放つオーラが___まるで獲物を捕捉したような瞳が、それを物語っていた。
しかしどうここから逃げればいいのか。
ノルンは唇をきつく結びながら眉を顰める。
いつ先程のように再び戦闘が再開されても可笑しくない。
戦闘が始まってしまえばアオイの治療が遅れることは愚か、アトラスや今茂みに隠れているポーラやブランの命まで危ぶまれる。
どうすれば___、ノルンがそう考えていた時だった。
「なぁ___ノルン。アトラス。お前たちは何のために生きている?」
ゲイルがそう静かに語りかけたのだった。
突如向けられた言葉にノルンはゲイルの意図が分からず、視線だけを鋭くする。
「何の話だ」
「いや?生きるには必ず目的があるだろ?強いヤツには強い意志が宿る。だからこそ強者と戦うことは面白い。いつだって1秒後が命懸けだ。俺は信念があるやつが好きだ。そいつらと殺し合いをする事が大好きだ」
「……………」
アトラスが声を低くして言えばゲイルはふらふらと数歩その場から足を進めて話す。
「さっきの男…あいつは弱いな。弱いやつには興味ない。俺が求めンのは強者だけだ」
ゲイルは肩を竦めて興味なさげに吐き捨てる。
その瞬間、ノルンは感じたことのない胸が焼けるような息苦しさに襲われた。唇をきつく結び奥歯を噛み締める。
ゲイルを睨みつけるノルンの瞳はまるで絶対零度そのものだった。
戦うという行為自体を楽しむ。
そういう人間がいると言うことを以前アランから聞いたことがある。
そしてその様な人物は狂戦士と呼ばれるのだ、と言う事も。
「はっ…。理解出来ねぇな」
「ははは。いいさ!それでも。無理やりにでも聞くぜ。まずは___ノルン、お前の生きる目的はなんだ?」
ゲイルの猫のようにつり上がった瞳が細められ、ノルンに注がれる。
教えてくれよ___。
そして次の瞬間ゲイルが呟いた声は既にノルンの耳元で囁かれた。
即座にノルンははっとして地面を蹴り上げその場から離れる。しかし一瞬とはいえゲイルの拳がノルンの頬を掠り、陶器のような真っ白い肌から一滴の赤が滴った。
「ノルンッ___!!!」
「ははッ!いいぜ!始めよう__!アトラス!ノルンッ!!命懸けの殺し合いをな__!?」
すぐ様アトラスがゲイル目掛けて発砲をするもゲイルは体を捻り身軽にアトラスの放った弾丸を交わしてみせる。
そして地響きを鳴らすほどの衝撃で地面に着地をすると再び己の両の拳を突き合わせるようにして衝突させた。
その瞬間バリバリバリッという黒い電流のようなものがゲイルの両手から放出され巻き起こった爆風にノルンは思わず唇をかみしめて眉間に皺を寄せたのだった。




