206.狂戦士
林の奥から突如現れて、拳を突き出してきた男にノルン達は状況を飲み込めないまま戦闘を強いられていた。
先程までは閑静だった森に戦闘音が響き渡る。
アトラスとアオイが戦闘を繰り広げる中ノルンは防御を担い、時にはサポート魔法を発動し相手の様子を伺う。
「ははッ!いいねぇッ!」
「くッ…」
重い衝撃音が響き渡る。
アオイが剣で攻撃を受け止めているのに対し、相手はひたすら自身の拳のみで攻撃を繰り広げた。
およそ拳とは思えないほどの威力で剣で受け止めているにも関わらず後退しているのはアオイの方だった。
それから名も知らぬ相手はしばらくの攻防の後、とびきり重い一撃をアオイに放つ。
もろに攻撃をくらったアオイは呻き声を上げて後方まで一気に吹き飛ばされた。
「アオイさんっ…」
「アオイッ!」
はるか遠くまで吹き飛ばされたアオイは木に激突して、ぴくりともしない。
意識はあるだろうか。
怪我の具合は。
ノルンはすぐにでも駆け寄りたい気持ちを抑え、アオイを吹き飛ばした張本人であるフードを被った不気味な男を牽制するように睨みつけた。
「…何が目的でしょうか」
「ん?」
ノルンは普段通りの透き通るような声で相手に問う。
しかしその口調はいつもよりも固く、強く、相手への強い警戒を滲ませている。
ノルンの前にはアトラスが立ちはだかり鋭い瞳孔で相手を睨み殺してしまいそうなほど、視線を鋭くさせている。
けれど、そんなノルンとアトラスの様子にも動じることはなく、フードを被った相手は不思議そうに首を傾げた。
「先程も伺いましたが何故私達を襲うのですか」
「ん〜…?だから俺も言っただろ?丁度お前たちがそこに居たからだ」
「答えになっていません」
「ははッ!そうか。だが俺にはなっている」
先程戦闘中に投げかけた質問をもう一度問う。
アオイを傷つけられた事からか、ノルンの胸中にも珍しく憤りという感情が湧き上がる。
それでもあくまでも相手を刺激しないように対話での解決を試みる。
しかし相手からの返答は戦闘中と全く同じものでノルンは思わず表情を険しくさせる。
どのような意図でこの人物は襲いかかってきたというのだろうか。
何か理由があって、それを隠そうとしているのだろうか。
(…それとも本当に、)
ただ、偶然ノルン達を見つけて襲いかかってきたというのか。
ノルンが表情を固くして相手を観察していると一瞬強い突風が通り、目の前の相手のフードを揺らした。
ぱさり、と音を立ててフードが落ちる。
「……………」
「本当だぜ?俺は戦うのが好きなんだ。それが強いヤツとなら尚更。だから俺と殺しあおうぜ」
フードがとれて、相手の男の顔が露になる。
そこに立っていたのは太陽に煌めくアメジストの肩上ほどの髪を靡かせ、鋭い八重歯をむき出しにして愉快げに笑う男だった。
男は手にはめたグローブをもう片方の手で引っ張って固定し直すと両手をガツンと胸の前で衝突させて笑ったまま品定めをするようにノルンとアトラスを見つめる。
爛々と輝く瞳は純粋そのものだ。
(…戦うことが好き…。まさか、アランが忠告していた…)
不審者というのは彼なのではないか、嫌な仮説が脳内にたつ。それならどうやら今以上に注意をしなければならないようだ。アランの話によれば既に騎士ですら負傷者が出ているというのだから。
(…しかし、どうすれば___)
ノルンは杖を構え直す。
するとぼそりと目の前の男には聞こえない声量でノルンの前に立つアトラスが口を開いた。
「…気をつけろ。ノルン。恐らくあいつがアランの言っていた奴なんだろう。…只者じゃない」
夥しい血の匂いだ。アトラスは顔を顰めて言った。はい、とノルンは静かに頷きながら杖を持つ手に力を込める。
勝てる、相手なのだろうか。
今まで魔物とは多く戦ってきたとはいえ、人を相手にした事など一度きりしかない。
「悪いが…お前の趣味に俺たちが付き合う必要はねぇ。今手を引くなら許してやる」
「へぇ…」
アトラスは鋭い目つきで相手を威圧するように低い声で語りかける。
しかし相手はそれに怯む様子もなく、むしろ楽しそうに口角を上げる。
「いいのか?そんな悠長なことを言ってると___」
つり上がった瞳が一瞬光ったと思えば次の瞬間再びその拳はノルンの真正面を捉えていた。
「ノルンッ…!!!!」
「…ッ___」
その瞬間死を感じ取るが、既のところでノルンは防御結界を発動する。
そして男の拳もノルンに到達する前にそれは分厚い防御壁に阻まれたのだった。
バリバリバリ、という雷鳴のような音が響き渡る。
「はっはッ___!」
「…ッてめぇッ…」
アトラスが歯ぎしりをすると同時に瞬時に男に向けて発砲する。ダンダンッという2発の発砲音が響き、男は弾を避けるために後方へと勢いよく飛び上がる。
そして着地をすると好奇心に満ちた瞳でアトラスとノルンを捉えた。
「そこのお嬢ちゃんを殺すかもしれないぜ?」
「…ハッ。させる訳ねぇだろ。そもそもお前じゃノルンは殺れねぇよ」
ギラついた瞳にノルンの頬を冷や汗が滑り落ちた。
どうやら彼は本気のようだ。
本気で戦いを___殺し合いを楽しみたいと願っているようだった。
とても、嘘には見えない。
本気だからこそ、その瞳に狂気を___恐怖を感じる。
「ははは、そうだなぁ。そこのお嬢ちゃんも中々強そうだ。うん。いいね。嬉しなァ。なァ…いいだろ?遊んでくれよ。…俺はゲイル。お前たちの名前は___?」
舌なめずりをした男はさながら獲物を仕留める猛獣のようにノルンの瞳には映ったのだった___。




